佐藤光雄(技術士:機械、宮城県)
(1) 2 3 4 ... 24 »
 2019/10/20 (1 ヒット)

 油圧ショベルやクレーンやブルドーザーなど、巨大な力で作業をしている「重機」は、今や工事現場などになくてはならない存在だ。どのようにしてあの巨大なパワーを出せるのだろうか。その秘密は「油圧」にある。非圧縮性に優れた油(オイル)を用いて、「パスカルの原理」により動力の力を伝えている。フランスの科学者パスカルは、容器に閉じ込められた気体・液体の圧力の大きさは容器内のどの点でも等しいことを発見した。これが「パスカルの原理」であり、容器の一部に加えた力はすぐに均一化伝達されるのだ。ディーゼルエンジンによって駆動される高性能の油圧ポンプによって「油圧」は生み出される。重機では、「アーム動作」はもちろん、「旋回動作」も「走行動作」も油圧によって行われている。重機がゆっくりと走るのは油圧モーターのパワーによる。アームを動かすのは油圧シリンダーである。油圧なので環境条件が厳しい場所でも影響を受けにくい。油圧制御弁をうまく操作制御して全ての動作が細かくコントロールできる。油圧はホースによって重機の各部に送られる。重機のメーカーでは、コマツ、日立など日本企業が世界でも高く評価されている。


 2019/10/17 (8 ヒット)

 2018年5月、キヤノンが創業から80年間続けてきた「フィルムカメラ」の出荷を停止した。最後まで残ったのがEOS-1v。カメラ好きな青年吉田五郎が国産高級カメラを作りたいと思い、ライカⅡ型を手に入れて分解し国内生産も可能と判断。義弟の内田三郎に相談して1933年、東京六本木に「精機光学研究所」を立ち上げカメラ研究を開始したのが「キヤノン」の始まりである。1936年に国産初の35ミリフォーカルプレーンシャッターカメラ「ハンザキヤノン」を発売した。1937年には「精機光学工業(株)」を設立。その際監査役になったのが、産婦人科医師の御手洗毅であった。御手洗は胸部検診のためのX線カメラ国産化を考えて1939年取締役に就任。1941年にはX線カメラを製品化し、翌年御手洗が代表取締役社長になった。御手洗は高性能カメラの国産化推進を強く思い、医師免許を返上して覚悟を決めた。1947年にキヤノンカメラ(株)に社名変更。


 2019/10/15 (8 ヒット)

 アレルギーとは、本来体に害を及ぼさないはずのものに対して過剰な免疫反応がおきて、鼻水、じんましん、かゆみなどの症状がおきることをいう。アレルギーの中で、スギやヒノキなどの花粉を外敵と認識して免疫システムが反応してしまうのが「花粉症」である。花粉症は1961年に初めて報告され、1970年代以降患者数をどんどん増加させてきた。今では3人に1人が花粉症という。スギ花粉の場合、スギの葉の先端にできる雄花の中に、花粉の入った袋が何個も入っていて、雄花が成長して開くと袋が破裂して中の花粉が飛び出してくる。花粉の直径は0.03ミリと非常に小さく、一つの雄花に40万個もの花粉が入っている。戦後復興で森林が伐採され、そこに農林水産省の推奨によりスギの苗木が大量に植えられた。スギは成長が速く木材として加工しやすいからである。スギは植えてから30~60年で最も大量に花粉を放出するようになるので、1970年代以降で飛散が増加した。


 2019/10/12 (17 ヒット)

 ある調査結果によると、2017年のレトルトカレーの売上高が、初めて固形のカレールーを超えた。共働き世帯の増加、単身世帯の増加等で、ルーを使って複数人分のカレーをつくる機会が減っているという。2017年のレトルトカレーの売上高は461億円で、固形ルーを5億円上回った。レトルト人気が広まった契機とされるのが2011年の東日本大震災である。現在2000種類以上あるといわれるレトルトカレーで約2割のシェアを占めるらしいのが、ハウス食品の「カリー屋カレー」である。レトルトカレーの大手3社といわれるのが、ハウス食品、エスビー食品、大塚食品である。レトルト食品とは、機密性・射光性を有するパウチ(袋)または容器を用いて、内容物を完全に密閉し加圧加熱殺菌処理を行った食品のことである。一般に入手可能な世界初のレトルト食品は、1969年に大塚食品から全国発売された「ボンカレー」である。これは「3分温めるだけですぐ食べられる」という宣伝文句でヒットにつながった。このボンカレーの生みの親とされるのが、元大塚ホールデイング会長の大塚明彦氏である。1976年に38歳で大塚製薬の社長に就任。その後ヒット商品を連発させ大塚グループの総帥になった。


 2019/10/09 (11 ヒット)

 1964年に開催されたアジア圏初の東京オリンピック・パラリンピックは、日本の戦後復興を世界に知らしめた。新幹線や首都高速など交通インフラも整備された。建築の分野でもいくつもの成果があった。20世紀を代表する名建築としても名高いのが、「国立代々木競技場」である。代々木公園に隣接して第一体育館と第二体育館の2棟からなる。それぞれ水泳とバスケットボールの会場として建設された。設計者は丹下健三である。人々が驚いたのは、彫刻作品のように優美なカーブを描く造形である。第一体育館の屋根は大胆に反り返り、外観を印象深いものにしている。これは2本の柱をケーブルでつなぎ広大な内部空間を生み出す吊り構造の技術による。当時これほど巨大な空間の屋根を吊り構造で支える建築物は世界にも例がなかった。この吊り構造によって、館内には柱が1本もない大空間が広がった。他にも江戸城跡北の丸公園に建設された「日本武道館」がある。屋根のてっぺんに擬宝珠をのせた八角形の建物で、柔道会場として建築された。設計者は山田守。


 2019/10/04 (21 ヒット)

 一度かかるとなかなか完治しにくいとされる「水虫」は、正式には「足白せん」と呼ばれる病気である。白せん菌が皮膚で増殖することで引き起こされる。白せん菌はカビの仲間である。白せん菌は自身の成長や子孫を残すために皮膚を必要とする。それは、白せん菌が皮膚に含まれる「ケラチン」というたんぱく質を分解することで、栄養源となる窒素を得ているからである。皮膚表層の角質層に白せん菌が入り込むと「皮がむける」「水ぶくれになる」「かゆみが出る」といった症状が出る。これらは皮膚の炎症による。白せん菌はヒトの皮膚からはがれ落ちた「あか」の中でも一定期間生存できる。こうした「あか」を踏んで白せん菌に接触することで感染が起こる。プールや温泉などでこうした現象が起こりやすい。なぜなら高湿度環境が必要だから。つまり白せん菌が付着しても、足を乾燥させることによって感染は防止できる。白せん菌は足以外の皮膚にも感染し、水虫と同様の症状になる。水虫は、抗真菌薬を一定期間塗り続けるとか、飲み薬を飲むことで完治できる。


 2019/10/01 (18 ヒット)

 東京駅の丸の内側広場に、鉄道の父といわれる井上勝の銅像が立っていた。しかし現在は駅前広場の大幅改修により像は撤去されている。この像は、100年前の東京駅開業に合わせて設置されたものである。幕末の長州藩士だった井上は、1863年21歳で伊藤博文を含む5人でイギリスへ留学する。イギリスで初めて見る鉄道にほれこみ、ロンドン大学で鉄道路線造りに必要な技術や地質や土木を学んだ。5年後に帰国し明治4年29歳で鉄道寮のトップに就任する。明治5年の新橋―横浜間、日本初の鉄道開業に尽力する。しかし当時、全ての資材は輸入に頼っており、鉄道建設もお雇い外国人に頼らざるを得なかった。井上は日本人だけで鉄道工事ができるようにしたいと考えた。大阪に鉄道技術者養成学校をつくる。やがて関東と関西を結ぶ鉄路の検討を開始、中山道ルートと東海道ルートの2案があり、井上は中山道ルートを選択する。しかし碓氷峠が当時の機関車では無理なことが判明する。工事は碓氷峠の手前まで進めてしまっていた。急きょ東海道ルートに変更する。ただこれまでに中山道ルートで使った残りの予算でやれという条件が出される。努力を重ね、明治22年ついに東海道線650キロが開通した。厳しい予算や期日を守って実現させた。井上はヨーロッパへの鉄道視察中に病気で亡くなる。


 2019/09/28 (15 ヒット)

 地球から一番近い天体、それが「月」である。「お月さま」は太古の昔から私たちを魅了してきた。400年前にガリレオ・ガリレイが初めて望遠鏡を使って月を見た。そして月の表面が地球と同じように凹凸していることに驚いた。仮に地球の直系を40センチとすると月の直径は約10センチになり、地球と月の間の距離は12mになる。しかし地球と月の実際の距離は38万キロもある。月は毎年3~4センチずつ地球から遠ざかっているらしい。つまり昔はもっと近くにいたことになる。その月に人類が足跡を残したのが1961年アポロ11号である。それ以降誰も月に足を踏み入れていない。月がどのようにしてできたのかには3つの説があった。(1)親子説:地球の回転からちぎれたというもの、(2)姉妹説:地球の周りにある微小体が固まったもの、(3)他人説:別のところから来て地球の引力につかまったもの。だが現在最も有力なのが、一つの惑星が地球にぶつかって周囲に溶けたものが飛び散り徐々に集まって月になったというものである。意外なことだが月には水資源があるという。


 2019/09/25 (27 ヒット)

 我々の祖先ホモサピエンスにとって最強で最後のライバル、それが「ネアンデルタール人」であった。かつて私たちは「現在のヨーロッパ人の祖先がネアンデルタール人である」と教わったが、それは誤りだった。30万年前先にアフリカを出てヨーロッパで独自の進化をとげたのがネアンデルタール人である。その10万年後にアフリカで誕生したのがサピエンスである。やがてサピエンスもアフリカを出る。そして中東地域でサピエンスはネアンデルタール人と出会う。両者は約1万年間にわたり同じ土地で暮らし、ライバルとして地球の覇者の地位を争うことになる。屈強な体と高い知能を持っていたネアンデルタール人だが、あるときこつ然と姿を消して絶滅してしまう。サピエンスとネアンデルタール人は、同じ祖先から全く別の場所でそれぞれ進化した人類であった。ただサピエンスの方が道具の革命を起こし、大きな集団をつくって社会を形成し情報を拡散する力を有していたらしい。最新の調査結果では、アフリカの人たちを除いた現在のわれわれ人類には、約2%のネアンデルタール人のDNAが含まれているという。


 2019/09/21 (19 ヒット)

 チャールズ・ダーウィンは、1809年イングランドに生まれる。1832年海軍の調査船ビーグル号にアマチュア博物学者として乗船する。南アメリカやガラパゴス諸島の地質や自然、生物を調査し、目にしたものを記録し、標本を採集する。1836年5年間の航海を終えてイギリスに戻った後、標本をまとめ始め、ガラパゴス諸島での調査結果から、生物の種は固定的なものではないと確信するに至る。1859年に「種の起源」初版を発売すると、それは初日で完売したという。しかし出版後は、聖書の天地創造を否定するとして非難される。「種の起源」は、全ての生物がどのようにして出現したかを明らかにし、私たち人類という種も特別なものではなく生物の樹木状構造の中に並ぶものであることを示した。この考えは、豊富な調査と観察による事実を集めた結果であり、説得力をもっていた。特にフィンチという小鳥の標本を大量に集め、共通の祖先に由来するが多様性を有することを確認して、こうした差異が発生したのは「自然選択(淘汰)」のしくみによると結論付けたのである。


 2019/09/13 (26 ヒット)

 江戸幕府時代の後期、鎖国政策をとっていた日本に外国船が交易を求めて多数やってくるようになった。1807年にはエトロフ島がロシアの軍艦から攻撃を受ける事件がおきる。そこで幕府には、樺太(現在のサハリン)など北部地方の情報が求められるようになった。農家の長男に生まれたが、下級役人になっていた間宮林蔵は土木測量を学び、北海道に渡って測量の仕事をやっていた。アイヌの生活なども詳しく調査していた。1808年幕府から樺太探検を命じられる。同行を頼んだのはアイヌの人々。当時樺太の北部についてはほとんど未知であった。林蔵は樺太を北上し樺太が半島ではなく島であることを確認した。樺太北部に住む人々のことを調査し、鎖国中であったが海峡を越えて大陸のアムール川領域についても調査した。そしてこの地域がロシアではなく清の管理下にあることを確認。なお測量技術は伊能忠敬からも指導を受けた。樺太と大陸の間の海峡は「間宮海峡」と命名されている。


 2019/09/10 (28 ヒット)

 江戸はその当時世界最大の人口(100万人以上)を誇る巨大都市だった。ロンドン、パリは50~60万人とされる。そもそも江戸の地は湿地の広がる小さな田舎町だった。秀吉が家康に三河の地から江戸に国替えするよう命じた。家康は関が原で勝利した後、その江戸に幕府を開いたのである。町の中心に江戸城を置き、それを起点にらせん状に堀をめぐらせた。当時、荷物の運搬には船が使われていたので、水路網は重要だった。また海を埋め立てることで土地を広げていった。こうした堀や埋め立てには石垣が必要とされた。そのための大量の石は、伊豆半島で切り出して船で運ばれた。この石垣を組んだのは、全国各地の地方大名たちであった。江戸の建設は地方大名たちを苦しめた大事業であった。江戸には各地から大量の物資が運ばれ、江戸の町はにぎわいを増していった。戦がなくなり江戸は経済都市として大きくなった。


 2019/09/07 (26 ヒット)

 2019年の5月1日に元号が変わる予定だ。最初の元号は飛鳥時代645年の「大化」で、そこからずっと続いている。かつては一人の天皇の期間に何度も元号が改定された。例えば後花園天皇の時には36年の間に8回も元号が変わっている。天変地異など何かが起こった時に天皇は、リセットの意味で元号を新しくした。だが明治になって一人の天皇に一つの元号という決まりになった。文明開化を急ぐ明治政府は、天下国家に無関心な国民に対し、統一国家形成のため天皇を中心にして日本をまとめようとした。当時庶民の間で天皇はあまり知られていなかったので、年号を天皇と直結させる「一世一元制」にした。新しい元号を決めるために使われるネタ本があるという。中国のエリートたちが使っていた「漢書」「易経」「書経」など5つである。元号は漢字2文字と決められている。例えば平成は、ネタ本の中にある「地平大成六存…」という文章の中の2文字からという。平成の年号については、調査して絞り込んだ3案が「修文」「正化」「平成」であり、アルファベット頭文字が昭和と重ならない「平成」が選ばれた。平成に決まった後になって、「平成」という地名の村があることがわかった。ただ読み方は「へなり」である。これまでに247の元号があるが、そこに使われている漢字は72文字という。


 2019/09/06 (22 ヒット)

 紀元前2500年頃インダス川流域でインダス文明が始まったが、紀元前1800年頃には衰えた。アーリア人が侵攻して新しい文明をつくる。そのアーリア人が信仰したのがバラモン教であった。このバラモン教は厳しい身分制度をもつものだった。バラモン教に対して新しい宗教も登場するようになる。そんな中、シャカ族の王子として生まれたゴータマ・シタルダは、紀元前6世紀人生や生死を真剣に考えるようになり、29歳で出家する。35歳の時ブッダガヤの菩提樹の下で悟りを開く。これ以降ブッダと呼ばれる。現在東南アジア最大の仏教国はタイである。他にもカンボジア、ベトナム、ミャンマーなど仏教が盛んな国がある。こうした周辺地域に仏教を広めるきっかけを作ったのは、アショカ王である。仏教は中国から朝鮮半島を経て6世紀には日本にも伝わった。世界に約4億人の仏教徒がいるという。だが現在のインドでは8割以上がヒンドュー教であり、仏教徒は1割に満たない。インドでは5世紀ごろにバラモン教がヒンドュー教に変化して、王権に近づいて勢力を広め仏教徒を吸収していったのである。


 2019/09/04 (41 ヒット)

 この地球上で大きさの頂点にたつのが「シロナガスクジラ」である。確認されている最大のものは、重さ200トン、体長33mもある。海にすむがクジラは哺乳類である。かつては36万頭いたが現在は約1万2000頭という。クジラの祖先は陸上で暮らしていた。祖先と思われるのがパキケタス体重60キロで、5000万年前頃、インド付近の浅い海にいた。地殻変動で浅い海が消滅し、敵が少ない海での生活を選んだ。以後進化を続ける。氷河期の到来で深い海にいた植物性プランクトンが対流により海面近くに上がり、光合成によって大増殖をした。それをエサにするオキアミなどの動物性プランクトンが大発生。この大発生した大量のオキアミを食べることでクジラは巨大化していった。多くのクジラには歯がなく、オキアミを海水ごと一気に口に入れ、せんい状のヒゲを用いて海水を吐き出してオキアミだけをこしとることができる。また冷たい海で餌をとるためや、大移動するためにも大きな体が必要だった。シロナガスクジラは一口で500キロものオキアミを口に入れるという。なお歯をもつ種類のクジラもいる。


 2019/08/11 (58 ヒット)

 人間の力を増大させる手段として、古くから知られているものが「くさび」と「てこ」と「滑車」である。これらはもちろん現在も広く使われている。地面を掘る鍬、木工に使う斧、金属切断のたがねなどは「くさび」を利用したもので、細い先端を頑強な対象物に打ち込み、分離切断させるのに用いる。お城の石垣などに使われた石材は、くさびを並べて打ち込むことできれいに割ることができる。実は木ネジもくさびの応用であり、くさびをらせん状にしたものといえる。回転させて押し込んでいく。重量物をリフトするジャッキのネジもくさびの応用である。「てこ」は、支点を中心にして揺動する棒部材からなり、力点に加えた力を作用点で拡大することができる。栓抜きもハサミも「てこ」の原理を用いている。「滑車」はこれらより進歩した装置である。例えば2つの滑車を使いロープを3本状態にすると、おもりを動かす力は3分の1になる。最初は井戸から水を汲み上げるのに用いられた。今でもクレーンなどに多く使われる。重量物を持ち上げるチェーンブロックも類似の原理である。力を増大させる手段は、さらに「歯車」と「油圧」の登場で進化して現在に至るが、特に「油圧」については別途記載する。


 2019/08/07 (69 ヒット)

 日本のバナナは99.9%が輸入品である。昔は貴重品でなかなか食べられなかったが、今では安価に手に入る。日本に輸入される果物で最も量が多い。バナナの生産量比較では、1位がインド、2位中国、3位インドネシアと並び、フィリピンは6位だが、日本に輸入されているバナナの86%はフィリピンからである。1位のインドは自国消費が多い。バナナの種類の中で最も多いのがキャベンデイッシュで世界の5割を占める。日本に輸入されるバナナの100%はキャベンデイッシュである。バナナは未成熟で輸入され保存倉庫で13度に保持される。出荷3日前に熟成庫に移す。根元に緑が残った状態で販売され、それが黄色になったら食べごろである。バナナの食べごろキープは13℃。家庭では冷蔵庫の野菜室に保存するのがいい。温度が高いとバナナからエチレンガスが出て成熟が進む。バナナは高地で栽培されたものほど高価でおいしい。高地では時間をかけて成長するから。バナナのカロリーは1本86kcal整腸作用があり排便に効果がある。特に青めのもので食物繊維が多い。


 2019/08/03 (60 ヒット)

 最近あまり見かけなくなったが、町のショーウインドウなどで水鳥の形をしていて、ときどきコップの水にくちばしを突っ込んでは、休むことなくその体を前後に動かし続けている「水飲み鳥(別名平和鳥)」をご存じだろうか。この水飲み鳥は世界中に知られ、その発明者は日本人平田棟雄ともいわれる。水飲み鳥は電池でもゼンマイでもなく動き続けるので、永久機関なのではないだろうかとさえ思わせてくれる。二つの中空ガラス球がガラス管でつながり、一方の管端はガラス球に挿入されて開いている。平和鳥の頭部はフェルトでおおわれている。頭部のくちばしがコップの水で濡れると、フェルト部から水分が蒸発しはじめ周囲から気化熱を奪う。頭部は冷たくなり、それに比べてお尻が温かいため、水飲み鳥の内部にある揮発性の液体(エーテルなど)は、お尻で蒸発して管内を頭部に向けて移動し、そこで再び液化する。 こうして頭に液体がたまって重くなると、水飲み鳥はコツンと傾いて「水を飲む」動作をする。 水飲み鳥が横になると、頭とお尻が水平にパイプで結ばれる格好になり、パイプを伝って液体がお尻の方に移動する。 液体がお尻に移動すると、お尻の方が重くなって、水飲み鳥は起きあがる。 以後、頭を冷やす水がなくなるまで、これを繰り返すことになる。


 2019/07/30 (68 ヒット)

 世界で最も個体数が多い生物、それがアリでその数1京匹という。世界中でアリは1万種以上いる。アリは複雑な社会をもっている。そうしたアリの社会は5000万年前からできているらしい。現在ではそれぞれの種に応じて完成した社会が存在している。日本にいるアリの中で最大級がクロオオアリ、巣の奥には1匹の女王アリがいて、これは産卵に特化したアリである。ほぼ毎日産卵する。女王の世話やさなぎや幼虫の世話をしているのが働きアリである。巣の外にも働きアリがいて食料になるものを巣に運び込む。これらの働きアリは全てメスである。オスのアリは交尾の時期だけ生まれてくる羽をもつアリで、短命である。女王アリの寿命は10~20年。この働きアリの社会では、「よく働くアリ」と「普通に働くアリ」と「あまり働かないアリ」が、2:6:2の割合で存在する。人間社会でも同様のことがあるらしい。北アメリカの乾燥地帯に住むミツツボアリでは、一生蜜を貯蔵するために自分の体を使う役目だけのアリがいる。アリの社会では分業が成立しているのだ。


 2019/07/27 (63 ヒット)

 通販サイトを使うと購買履歴から「おすすめ商品」が示されるのは珍しくない。行動履歴を含めた個人データは「新しい石油」とも呼ばれ、政治や経済にまで大きな影響を与え始めている。今では、「企業が私の欲望を私よりも正確に知ることができる」という時代だ。世界最大の動画配信サービス「ネットフリックス」が躍進を続ける。世界の会員数は1億2500万人。躍進の原動力は、視聴者の好みを分析して作品づくりにも生かす「機械学習」である。膨大な視聴データを分析して個人の好みをはじき出し、作品をすすめている。また何を配信すればヒットしそうかの予測にも使う。会員が作品を一気に見たか中断したかや、途中から見なくなったかなどあらゆるデータから分析する。分析したデータに基づいて制作した作品は多くの視聴数をかせぐ。同社が制作したドキュメンタリー「イカロス」は長編初のアカデミー賞を受賞した。私たちのネット行動は全て監視されている。


(1) 2 3 4 ... 24 »