佐藤光雄(技術士:機械、宮城県)
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 2018/08/04 (26 ヒット)

 岩手県平泉にある中尊寺は、11世紀末奥州の覇者となった藤原清衡によって大寺院に拡張され、1124年にはその清衡により金色堂(阿弥陀堂)が建立された。これは三間四方の仏堂で、屋根瓦も含めて金箔に包まれている。内陣の柱などには見事な蒔絵(まきえ)や螺鈿(らでん)細工が施され、壇上には仏像群が並び目を見張る豪華さを誇る。この金色堂では1950年の調査で、須弥壇の下の本棺から3体のミイラが発見された。ミイラは中央壇が初代清衡で、その両脇壇は2代基衡と3代秀衡であると推定された。そして1951年国宝に指定された。ちなみに、県別の国宝保有数ランキングでは、2位が京都、3位が奈良であり、なんと1位は東京である。そして国宝を全く保有しない県が徳島と宮崎である。


 2018/08/01 (27 ヒット)

 岩沼市の竹駒神社は、古くから日本三稲荷の一つにも数えられるといい、訪れる参拝客の数は年間160万人にのぼる。特に正月三が日の初もうで客は50万人を超える。竹駒神社の創建は承和9年(842年)と伝わり、その歴史は1176年にもなる。小倉百人一首にも歌を詠んだ小野篁(たかむら)が、陸奥守として赴任した際に、伏見稲荷に勧請したことが起源とされる。当時の岩沼地域は阿武隈川に由来して「武隈」と称されていた。竹駒神社はその旧称からきているとされる。かつての社殿は伊達吉村によって造営され、荘厳な雰囲気をまとっていたが、平成2年の火災で焼失した。現在の社殿は平成6年に再建されたもの。ただ江戸時代からの風格を有するのが「隋身門」と「向唐門」である。元禄2年には松尾芭蕉もこの地を訪ねている。


 2018/07/21 (38 ヒット)

 記念すべき200番目は私が驚いた話である。これまで知らなかったが、年賀はがきのデザインにはいろいろな工夫や遊びが盛り込まれている。私が購入したインクジェット52円無地の年賀はがきを見てみる。まず一番下の組番号と連番号の部分にある地紋には、犬のデザインが隠れている。連番号の犬はダックスフントかな。左上の52とある正方形エリアには、犬の顔と富士山の両方がイメージできるデザインがされている。そして犬の鼻の部分には、白抜き文字で「フ」と「じ」がある。その下の円の中は犬の肉球デザインだが、4本の足の先に小さい文字がある。逆方向から見ると「FUJI」になっている。さて驚きはその円の下部にある7本の縦線である。左から4番目は「あけまして」6番目は「おめでとうございます」のマイクロ文字が印刷されている。ルーペでないとわからないし、つぶれかかっているが。文字は横向きである。下の中央部に犬と富士山の絵がある。犬の尾を見ると左下には「ふ」尾の上には「じ」が隠れている。


 2018/07/15 (50 ヒット)

 テレビ番組で、外国人に聞いた「日本のココに満足、ベスト25」というのを見た。興味深かったので紹介する。空港で日本を出国する外国人500余人に聞いた結果という。1位は「富士山」それも富士吉田市の浅間公園から見るのが人気という。なぜなら2015年ミシュランガイドブックの表紙写真だから。2位は「寿司」、3位は「ホテルや旅館の接客」、4位が京都「伏見稲荷神社」朱塗りの千本鳥居は大人気。5位は「電車」時間に正確なことも。6位「ラーメン」、7位「奈良公園」鹿とふれあい。8位「東京スカイツリー」高速エレベーターの性能に満足。9位「動物カフェ」、10位「お好み焼き」、11位「トイレ」清潔さや温水洗浄便座や女性用音消し機能など。12位「渋谷スクランブル交差点」、13位「自転車のシェア」、14位「日本酒」、15位「かっぱ橋道具街」、16位「京都の竹林」、17位「カレー」、18位「温泉」、19位「焼き鳥」、20位「原宿竹下通り」、21位「自動販売機」、22位「高野山」、23位「コンビニのおにぎり」、24位「ギョーザ」、25位「プロ野球観戦」。番組を見ていて思ったことは、SNSやガイドブックの情報が共有化されていること、そして誰もがスマホで写真を撮りまくっていること。


 2018/07/12 (54 ヒット)

 祝杯において世界中で飲まれているのが「シャンパン」である。実は「シャンパン」と呼ばれるのは、フランス北東部のシャンパーニュ地方でつくられたスパークリングワインだけである。この地域の3万3000ヘクタールのブドウ畑からとれるブドウだけで、シャンパンはつくられる。ここで収穫されるブドウは30万トン、醸造と販売を行うのはメゾンと呼ばれ、その地下にはビン詰めされたシャンパンが並ぶ貯蔵庫がある。その距離が100キロ。300年前、オービレール村の修道院はワインづくりをしていた。そこで修道士の「ドンペリニオン」がシャンパンの製造技術を確立した。彼はルイ14世が求めたワインを47年かけて完成させたのだ。それが泡の出る白いワインである。ポイントはまずブドウのつぶし方にあった。時間をかけてゆっくりつぶす。今でもシャンパーニュ地方における製造はドンペリニオンが決めた方法で行われる。酵母を加えて発酵させまずワインをつくる。次にブレンドして再び酵母を加えてビンに詰め、二度目の発酵をさせる。15か月以上寝かせることできめ細かい泡が生まれる。


 2018/07/09 (51 ヒット)

 ティッシュペーパーも他の紙と同じく原料は「パルプ」である。パルプの繊維成分は実は細長い細胞の「細胞壁」である。この細胞壁はセルロースが束になったもので、非常に丈夫である。パルプを水に混ぜ繊維を水の中で分散させた後、網に載せてろ過し乾燥させる。このときより薄く広げることで薄いティッシュペーパーをつくることができる。繊維同士は水の表面張力で密着し、さらに水素結合でくっついてティッシュができる。トイレットペーパーは水に触れると、繊維どうしの水素結合が切られて紙の強度が低下するので、トイレに流すことが可能になる。一方ティッシュペーパーは、製造過程で「湿潤紙力増強剤」が入れられるので、簡単には水で強度低下しない。特にやわらかいティッシュの場合は広葉樹の繊維を多くする。保湿ティッシュはグリセリンやエチレングリコールを含ませることで、ティッシュの水分含有量が多くなる。


 2018/07/06 (51 ヒット)

 アメリカ大陸中央部近辺に生息する「ハチドリ」は、鳥類の中で最も体が小さい鳥である。ブンブンと蜂と同様の羽音をたてることから「ハチドリ」と呼ばれる。中でも世界一小さいのが、キューバのみに住む「マメハチドリ」である。体長5センチで体重はなんと2グラム。ハチドリの主食は花の蜜である。花の蜜を吸うために蜂のように空中で静止する「ホバリング」飛行ができる。その羽ばたきの仕方は昆虫の蜂とほとんど同じである。羽ばたき回数は1秒間に80回。そして蜂のようにくちばしの先を花に突っ込む。花の奥にある蜜を吸うために長い舌を伸ばすが、その舌は筒状になっていて断面を変化させながら高速で蜜を吸引できる。小さな体重ながら飛翔に必要なエネルギーが大きいので、いつも花の蜜を吸い続けている必要がある。全動物中で最も活発な代謝を行うといわれる。摂取した糖をただちに燃料として消費できるようになっている。


 2018/07/03 (55 ヒット)

 2000年の歴史を持つ伊勢神宮は、皇室の祖先神とされる天照大神をまつる、日本人の氏神的存在である。お伊勢参りは江戸の昔から人々のあこがれであった。伊勢神宮の正式名称は、ただの「神宮」。125の宮社があり総面積は東京都世田谷区とほぼ同じ。年間800万人が訪れる。平成25年に「式年遷宮」が行われた。これは、20年に一度社殿を建て替えご神体を遷座するという、神宮最大の神事である。20年ごとに交互に建てるための、隣り合わせの2つの敷地がある。これは1300年前、天武天皇の発意で始まり、戦国時代130年間中断したが、その後はずっと繰り返されてきた。神宝や装束もすべて20年ごとに新調される。伊勢神宮の社殿建築は日本古来の様式で、防腐の機能がない。礎石も使わず地面に直接柱を立てる方式で、20年ごとの建て替えは理にかなう。一度の式年遷宮で必要なヒノキ材は全体で約1万本という。


 2018/07/01 (48 ヒット)

 雪の季節がやってきた。石川県加賀市には「雪の科学館」がある。人口の雪の結晶を世界で初めてつくった地元出身の物理学者である中谷宇吉郎を紹介する施設である。「雪は天から送られた手紙である」は、宇吉郎の名言として知られる。宇吉郎は東京帝国大学時代に寺田虎彦に教えを受けている。宇吉郎は北海道帝国大学に在任していた1930年代、雪の結晶の顕微鏡写真をチームで3000枚も撮影し、「針状」「角柱」など41種類に分類した。これらはどんな条件で生成されるのかを調べるため、零下50度まで下がる常時低温研究室で、1936年ついに世界で初めて雪の結晶をつくることに成功した。さらに水蒸気量と気温によって結晶の形が変わることを解明して、「中谷ダイヤグラム」を完成させた。著書に「雪」「冬の華」などがある。1962年61歳で死去。


 2018/06/27 (51 ヒット)

 印刷にはその版式によって大きく4つの種類がある。「凸版」「凹版」「平版」「孔版」である。日本の浮世絵などで使われている「木版画」は「凸版印刷」と基本原理は同じである。西欧などに多い「銅版画」は「凹版印刷」と基本原理は同じである。「シルクスクリーン版画」は「孔版印刷」と基本原理は同じである。ところでギャラリーなどで展示販売されている版画には「リトグラフ」が多い。この「リトグラフ」は「平版印刷」と基本原理は同じである。リトグラフの石版印刷方式を編み出したのは、ドイツ人のゼネフェルダーである。彼は1798年ドイツのケルンハイム地方でとれる石灰石を利用して、これに油性インクで描いた原画を水でぬらすことで印刷ができることを発見した。炭酸カルシウムを主成分とするこの石は、表面に無数の微細な孔がある。石の表面に脂肪性絵具で絵を描き、その上に硝酸ゴムを塗ると油性絵の具の部分は脂肪酸カルシウムとなり水をはじく。絵のない部分は親水性だから油性インクをローラーで塗ると、親油性の画像部分だけにインクがのり、水と油の反発によって印刷ができる。現在、新聞、チラシ、カレンダー、書籍類などの印刷に用いられているオフセット印刷の原点は「石版印刷」なのである。


 2018/06/22 (52 ヒット)

 タネ(種)があってこそ米も野菜もとれる。かつては農家が自分で自分の野菜から種をとっていたが、今は違っている。スーパーで売られている国産野菜の種子は、そのほとんどが種苗会社の管理のもと、海外でつくられている。国内産はわずか1~2割とされる。食料自給率よりもタネの自給率の方がずっと低いのである。安全でおいしい野菜を求めて産地に注目する消費者は多くなったが、そのもととなる種子について意識している人はほとんどいない。種苗会社とは、種子を生産し農家に販売する企業である。例えば「サカタのタネ」や「タネのタキイ」などがある。昭和の高度経済成長期に、安定供給を求める時代の流れの中で、各地に古くから伝わる伝統的な野菜は姿を消した。代わりに種苗会社がつくる均質で収量の多い「F1品種」が普及して現在にいたる。だが最近、伝統野菜が再評価されるようになった。石川の加賀野菜や京都の京野菜などである。


 2018/06/19 (52 ヒット)

 秋になると日本の川にはサケがのぼってくる。サケは日本でも昔から食べられていたが、サケが食べるオキアミなどにはアニサキスなどの寄生虫がいるため、日本の食文化では加熱していない生のサケを食べることはなかった。したがって本来、江戸前寿司のネタにはサーモンはない。しかし今では生で食べられる「サーモン」が、寿司や刺身で提供されるようになっている。これは北大西洋にいる「タイセイヨウサケ」である。日本に輸入されるのは、ノルウエー産かチリ産の養殖もので、この養殖ものは人工的な餌を食べさせているので、寄生虫の心配がなく生でも食べられる。この人工の餌にはアスタキサンチンを加えて、身の色がきれいなサーモンピンクになるように調整されているという。こうした海外のサーモンは一年を通じていつでも提供されている。サーモンには北大西洋の「タイセイヨウサケ」と、北米の「ニジマス(トラウトサーモン)」とがある。


 2018/06/16 (49 ヒット)

 テレビ番組で「この差って何ですか?」というのがある。先日は「定規」と「ものさし」の違いは何か?という話があった。「定規」は基本的に線を引くためのもので、「ものさし」は長さを測るためのものという。ただ「定規」にも目盛りがついているからまぎらわしい。三角定規や雲形定規は確かに線を引くための「定規」だ。両者の違いで面白いのは、目盛りのスタート位置である。「ものさし」は目盛りのゼロが端部と一致しているが、「定規」は端部から少し内側に入っている。なるほど。「佃煮」と「甘露煮」の違いは何か?という話もあった。江戸初期大阪の佃島には漁師たちが住んでいて、徳川家康がこの漁師を江戸に招いて海岸に土地を与えて住ませた。この漁師たちは売りにくい小魚を醤油で煮て食べていたが、これが広まって大ヒットし「佃煮」と呼ばれるようになった。一方江戸後期に「フナ」の料理法として醤油煮があったが、砂糖が一般化すると砂糖で甘みをつけた「甘露煮」が広まった。結論は、10センチ未満の小魚の場合は「佃煮」で10センチ以上の魚の場合は「甘露煮」と呼ぶ。現在では両者の味付けはほとんど同じ。


 2018/06/11 (61 ヒット)

 日本の彫刻は仏像を中心に発展してきた。古い順にみれば縄文時代は、土偶や埴輪のように土でつくる彫刻があった。6世紀に仏教が伝わり、銅の仏像が朝鮮半島や中国からやってきた。それを手本に、土でつくった型に溶かした銅を流し込んでつくる(鋳造)ようになった。8世紀の奈良時代に、特殊な方法が生まれた。源流は中国にある。土でつくった型に麻布や和紙を漆で貼ったり、漆と木の粉を混ぜたものを盛り付ける「乾漆」という手法である。奈良興福寺の有名な「阿修羅像」はこの乾漆法でつくられている。鋳造に比べて微妙な表情なども作りこめる。しかしこの方法は高価になるので、平安時代以降は衰退して、木の彫刻が始まった。乾漆には「脱乾漆」と「木芯乾漆」の2つがある。「木彫が一番発達したのが平安時代末から鎌倉時代である。削った水晶を目にはめる方法も行われるようになった。


 2018/06/08 (70 ヒット)

 同姓同名の人が同時に何人集まれるのか?そんなギネス世界記録に挑戦しようと、全国の「田中宏和」さんが、東京都内に集結したという。集まったのは87人。最高齢75歳の田中さんは岐阜から生まれて初めて新幹線に乗ってやってきた。始まりは1994年のドラフト会議で、「近鉄 田中和弘」と、自分と同姓同名の選手が1位指名されたのに驚いた東京の会社員田中和弘さんが、同じ名前の人探しを始めたこと。同姓同名の集まりとしては、12年前に米国で「マーサ・スチュワート」さん164人が集結したのがギネス世界記録である。姓氏研究科の森岡氏の以前の調査によれば、日本で最多の名前は「田中実」さん。明治生命による以前の調査では「佐藤和子」がトップだった。「佐藤光雄」も国内に多数いるようだ。


 2018/06/03 (61 ヒット)

 メンデルの遺伝法則再発見からおよそ半世紀後、アメリカのワトソンとイギリスのクリックによって、ついに遺伝子の構造が明らかにされた。その前にまず遺伝子は、細胞の核の中の染色体に存在することが明らかにされた。この染色体は、主にDNAとヒスタミンなどのタンパク質から構成されている。DNA(デオキシリボ核酸)は二重鎖DNAとして存在して、これは一定の角度で回転するので二重らせん構造をとる。細胞は二つに分裂して増殖するが、新たに生成された細胞は分裂前の細胞と遺伝的に完全に同じになる。二重鎖DNAは相補的な塩基と塩基とが結合しており、この相補的二重鎖構造によって、細胞の完全複製メカニズムが見事に説明されたのだった。この「二重鎖DNA」は、地球上の全生物にとって決定的に重要な存在である。次に遺伝子の実体は、DNAのたった4つのヌクレオチドの配列であることがつきとめられた。4つとはアデニンA、グアニンG、シトシンC、チミンTである。ヒトDNAはおよそ32億の塩基対からなる。


 2018/05/30 (71 ヒット)

 「脳卒中」とは、脳の血管が詰まる「脳梗塞」や、脳の血管が破れて出血する「脳内出血」「クモ膜下出血」など、脳血管障害の総称である。脳卒中による死亡者数は年間10万人を超える。脳卒中の最大の危険因子は「高血圧」と「動脈硬化」である。他にも喫煙や糖尿病なども原因になる。動脈硬化によって血管の柔軟性がなくなりもろくなると、血栓ができやすくなる。この血栓が血管を詰まらせることで脳梗塞が引き起こされる。脳は内側から、「軟膜」「くも膜」「硬膜」という3つの膜に包まれており、軟膜とくも膜の間にある血管の動脈りゅうが破れて出血するのが「クモ膜下出血」である。脳梗塞の治療は、まず薬で血栓を溶解させる方法が使われる。この治療効果は高いが、発症から4.5時間以内にやらないと効果がない。脳卒中の発症危険性を測るには「脳ドック」を受けるとよい。


 2018/05/26 (81 ヒット)

 円周率 は分母と分子が整数の分数で表すことのできない「無理数」である。つまり小数点以下が循環することなく無限に続く数だ。他にも身近な無理数としては√2がある。紀元前3世紀、古代ギリシャのアルキメデスが円周率の値は3と10/71から3と10/70の間にあることを明らかにした。1761年になってドイツの数学者ランベルトが、円周率は無理数であることの証明に成功した。現在ではコンピューターを用いて計算され、2016年にスイスの物理学者によって22兆4591億余の桁数まで求められた。円周率の数字配列の中には、不思議な数列もある。小数点以下2兆4587億余桁の部分には、「99999…」と9が12個並んでいる数列がある。また2兆3641億余桁の部分には、「012345678901」という数列がある。


 2018/05/23 (90 ヒット)

 ダーウィンは進化論で、「生物は時間をかけて少しずつ多様化し進化する」としている。が一方で「私の理論には難点がある、それはカンブリア紀に多くの動物種が突然出現することだ」と述べている。今日の地球には100万を超える動物種がいて、そのほとんどは5億4000万年前の古生代カンブリア紀に、いっせいに出現したとされている。これを「カンブリア爆発」という。カンブリア紀に入ってわずか1000万年の間に進化多様化したのである。カンブリア紀以前の地層からは3つの動物グループ(門)しか発見されていないが、カンブリア紀に入ってからの地層では現在と同じ38門が出現している。特に急速に勢力を拡大したのは節足動物(昆虫、甲虫、甲殻類など)である。脊椎動物の歴史もここから始まっている。カンブリア初期には、硬組織を持つものが出現し、また眼をもつ動物も出現した。これにより生物間競争が激化して多様化大型化したのではと想定されている。


 2018/05/20 (122 ヒット)

 NHKブラタモリで黒部ダムを取り上げていた。富山県北アルプスの山中に黒部第四ダムがある。昭和30年代高度経済成長期における急激な電力需要増大に応えるため、関西電力が建設した。のべ1000万人が工事にかかわり、総工費513億円という巨大事業であった。そもそも黒部峡谷は人の行く手を阻む秘境だった。現在、長野県扇沢からトロリーバスで全長5.4キロのトンネルを通っていくルートがある。このトンネルは元々現場に資材を運ぶために掘られた工事用のものである。映画「黒部の太陽」でこのトンネル工事の苦労が描かれている。最大の難関が破砕帯と呼ばれるエリアで、くずれやすくてしかも大量の地下水があふれ出してくる。それまでは一日に9mの速度で掘り進んできたが、この長さ80mの破砕帯を越えるのに7か月を要したのである。しかし苦労の末のトンネル貫通によって、資材運搬が可能になりようやくダム工事に着手できたのである。発電所はダムから約10キロ下流にあり、その落差545mを確保して発電能力を得ている。


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