TOP : 654.松下幸之助と妻むめの
 2020/08/03 (15 ヒット)

 現パナソニック創業者である松下幸之助の没後30年になる。幸之助は和歌山県に8人兄弟の末っ子で生まれた。小学校を卒業することなく9歳で大阪の火鉢店に、次に自転車店に丁稚奉公に入った。妻むめのは淡路島の出身でお見合い結婚をした。その後大阪電灯で配線工として働く。新しいアイデアを上司に提案したが受け入れられず退社する。「おしるこ屋でも始めるか」と言ったら妻に反対される。1917年独立し電気器具を扱うが失敗続きで苦境に立つ。むめのは着物や指輪を質屋に入れて生活を支える。自転車用ランプ開発では自転車店に無償でランプを置いてもらう方法で、品質の良さをわかってもらう方法をとる。改良アタッチメントプラグや、電球をつけたまま配線をつなげる「二股ソケット」などを開発。やがてフォードの大量生産を手本にしてラジオやアイロンで驚きの低価格を実現する。1933年には大阪門真に大工場を建設し、松下電気産業株式会社と名前を変える。1951年アメリカ視察で見たのが、女性が職場で活躍する姿であり、家庭生活を支えていたのが生活家電であった。当時日本では家事は全て手作業で重労働であった。日本の家庭の主婦が助かるものをつくりたい…という思いから生活家電に注力。高度経済成長期全国にナショナルショップを展開する。幸之助は「神経質でかんしゃく持ち」だったといい、妻はいつも冷静沈着だったという。