TOP : 698.家康の江戸城
 2020/09/15 (26 ヒット)

 皇居が天皇の住まいになったのは150年前。それ以前は徳川将軍家の江戸城であったが、天守がないからお城の実感はない。400年前徳川家康が江戸城を築いたときには、5層からなり高さ48mの立派な白い天守があった。しかしそれはわずか16年で姿を消した。2代秀忠により取り壊されたからである。秀忠も同じく5層からなる新しい立派な天守をつくった。しかしこの秀忠の天守も14年で姿を消した。3代家光が建て替えてしまったからである。3代目天守も同じく5層からなり高さは63mもあった。家康の江戸城は敵の侵入を防止するための多くの工夫があった。石垣は迷路のように入り組んで5つのマス形を連続的に備えていた。大天守の他に2つの小天守をつないだ連立天守だった。こうした城郭の建設は大名たちに命じてやらせたものだった。天下普請と呼んだもので、大名たちは不満があっても従うしかなかった。圧倒的な力を見せつけることが巨大な江戸城の目的でもあった。2代秀忠は「敵の侵入防止」よりも幕政に合理的な江戸城をつくろうとした。天守よりも行政のための本丸御殿に力を入れた。