TOP : 459.鉄道の父「井上勝」
 2019/10/01 (18 ヒット)

 東京駅の丸の内側広場に、鉄道の父といわれる井上勝の銅像が立っていた。しかし現在は駅前広場の大幅改修により像は撤去されている。この像は、100年前の東京駅開業に合わせて設置されたものである。幕末の長州藩士だった井上は、1863年21歳で伊藤博文を含む5人でイギリスへ留学する。イギリスで初めて見る鉄道にほれこみ、ロンドン大学で鉄道路線造りに必要な技術や地質や土木を学んだ。5年後に帰国し明治4年29歳で鉄道寮のトップに就任する。明治5年の新橋―横浜間、日本初の鉄道開業に尽力する。しかし当時、全ての資材は輸入に頼っており、鉄道建設もお雇い外国人に頼らざるを得なかった。井上は日本人だけで鉄道工事ができるようにしたいと考えた。大阪に鉄道技術者養成学校をつくる。やがて関東と関西を結ぶ鉄路の検討を開始、中山道ルートと東海道ルートの2案があり、井上は中山道ルートを選択する。しかし碓氷峠が当時の機関車では無理なことが判明する。工事は碓氷峠の手前まで進めてしまっていた。急きょ東海道ルートに変更する。ただこれまでに中山道ルートで使った残りの予算でやれという条件が出される。努力を重ね、明治22年ついに東海道線650キロが開通した。厳しい予算や期日を守って実現させた。井上はヨーロッパへの鉄道視察中に病気で亡くなる。