TOP : 454.間宮林蔵
 2019/09/13 (26 ヒット)

 江戸幕府時代の後期、鎖国政策をとっていた日本に外国船が交易を求めて多数やってくるようになった。1807年にはエトロフ島がロシアの軍艦から攻撃を受ける事件がおきる。そこで幕府には、樺太(現在のサハリン)など北部地方の情報が求められるようになった。農家の長男に生まれたが、下級役人になっていた間宮林蔵は土木測量を学び、北海道に渡って測量の仕事をやっていた。アイヌの生活なども詳しく調査していた。1808年幕府から樺太探検を命じられる。同行を頼んだのはアイヌの人々。当時樺太の北部についてはほとんど未知であった。林蔵は樺太を北上し樺太が半島ではなく島であることを確認した。樺太北部に住む人々のことを調査し、鎖国中であったが海峡を越えて大陸のアムール川領域についても調査した。そしてこの地域がロシアではなく清の管理下にあることを確認。なお測量技術は伊能忠敬からも指導を受けた。樺太と大陸の間の海峡は「間宮海峡」と命名されている。