佐藤光雄(技術士:機械、宮城県)
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 2019/09/13 (3 ヒット)

 江戸幕府時代の後期、鎖国政策をとっていた日本に外国船が交易を求めて多数やってくるようになった。1807年にはエトロフ島がロシアの軍艦から攻撃を受ける事件がおきる。そこで幕府には、樺太(現在のサハリン)など北部地方の情報が求められるようになった。農家の長男に生まれたが、下級役人になっていた間宮林蔵は土木測量を学び、北海道に渡って測量の仕事をやっていた。アイヌの生活なども詳しく調査していた。1808年幕府から樺太探検を命じられる。同行を頼んだのはアイヌの人々。当時樺太の北部についてはほとんど未知であった。林蔵は樺太を北上し樺太が半島ではなく島であることを確認した。樺太北部に住む人々のことを調査し、鎖国中であったが海峡を越えて大陸のアムール川領域についても調査した。そしてこの地域がロシアではなく清の管理下にあることを確認。なお測量技術は伊能忠敬からも指導を受けた。樺太と大陸の間の海峡は「間宮海峡」と命名されている。


 2019/09/10 (10 ヒット)

 江戸はその当時世界最大の人口(100万人以上)を誇る巨大都市だった。ロンドン、パリは50~60万人とされる。そもそも江戸の地は湿地の広がる小さな田舎町だった。秀吉が家康に三河の地から江戸に国替えするよう命じた。家康は関が原で勝利した後、その江戸に幕府を開いたのである。町の中心に江戸城を置き、それを起点にらせん状に堀をめぐらせた。当時、荷物の運搬には船が使われていたので、水路網は重要だった。また海を埋め立てることで土地を広げていった。こうした堀や埋め立てには石垣が必要とされた。そのための大量の石は、伊豆半島で切り出して船で運ばれた。この石垣を組んだのは、全国各地の地方大名たちであった。江戸の建設は地方大名たちを苦しめた大事業であった。江戸には各地から大量の物資が運ばれ、江戸の町はにぎわいを増していった。戦がなくなり江戸は経済都市として大きくなった。


 2019/09/07 (9 ヒット)

 2019年の5月1日に元号が変わる予定だ。最初の元号は飛鳥時代645年の「大化」で、そこからずっと続いている。かつては一人の天皇の期間に何度も元号が改定された。例えば後花園天皇の時には36年の間に8回も元号が変わっている。天変地異など何かが起こった時に天皇は、リセットの意味で元号を新しくした。だが明治になって一人の天皇に一つの元号という決まりになった。文明開化を急ぐ明治政府は、天下国家に無関心な国民に対し、統一国家形成のため天皇を中心にして日本をまとめようとした。当時庶民の間で天皇はあまり知られていなかったので、年号を天皇と直結させる「一世一元制」にした。新しい元号を決めるために使われるネタ本があるという。中国のエリートたちが使っていた「漢書」「易経」「書経」など5つである。元号は漢字2文字と決められている。例えば平成は、ネタ本の中にある「地平大成六存…」という文章の中の2文字からという。平成の年号については、調査して絞り込んだ3案が「修文」「正化」「平成」であり、アルファベット頭文字が昭和と重ならない「平成」が選ばれた。平成に決まった後になって、「平成」という地名の村があることがわかった。ただ読み方は「へなり」である。これまでに247の元号があるが、そこに使われている漢字は72文字という。


 2019/09/06 (10 ヒット)

 紀元前2500年頃インダス川流域でインダス文明が始まったが、紀元前1800年頃には衰えた。アーリア人が侵攻して新しい文明をつくる。そのアーリア人が信仰したのがバラモン教であった。このバラモン教は厳しい身分制度をもつものだった。バラモン教に対して新しい宗教も登場するようになる。そんな中、シャカ族の王子として生まれたゴータマ・シタルダは、紀元前6世紀人生や生死を真剣に考えるようになり、29歳で出家する。35歳の時ブッダガヤの菩提樹の下で悟りを開く。これ以降ブッダと呼ばれる。現在東南アジア最大の仏教国はタイである。他にもカンボジア、ベトナム、ミャンマーなど仏教が盛んな国がある。こうした周辺地域に仏教を広めるきっかけを作ったのは、アショカ王である。仏教は中国から朝鮮半島を経て6世紀には日本にも伝わった。世界に約4億人の仏教徒がいるという。だが現在のインドでは8割以上がヒンドュー教であり、仏教徒は1割に満たない。インドでは5世紀ごろにバラモン教がヒンドュー教に変化して、王権に近づいて勢力を広め仏教徒を吸収していったのである。


 2019/09/04 (18 ヒット)

 この地球上で大きさの頂点にたつのが「シロナガスクジラ」である。確認されている最大のものは、重さ200トン、体長33mもある。海にすむがクジラは哺乳類である。かつては36万頭いたが現在は約1万2000頭という。クジラの祖先は陸上で暮らしていた。祖先と思われるのがパキケタス体重60キロで、5000万年前頃、インド付近の浅い海にいた。地殻変動で浅い海が消滅し、敵が少ない海での生活を選んだ。以後進化を続ける。氷河期の到来で深い海にいた植物性プランクトンが対流により海面近くに上がり、光合成によって大増殖をした。それをエサにするオキアミなどの動物性プランクトンが大発生。この大発生した大量のオキアミを食べることでクジラは巨大化していった。多くのクジラには歯がなく、オキアミを海水ごと一気に口に入れ、せんい状のヒゲを用いて海水を吐き出してオキアミだけをこしとることができる。また冷たい海で餌をとるためや、大移動するためにも大きな体が必要だった。シロナガスクジラは一口で500キロものオキアミを口に入れるという。なお歯をもつ種類のクジラもいる。


 2019/08/11 (40 ヒット)

 人間の力を増大させる手段として、古くから知られているものが「くさび」と「てこ」と「滑車」である。これらはもちろん現在も広く使われている。地面を掘る鍬、木工に使う斧、金属切断のたがねなどは「くさび」を利用したもので、細い先端を頑強な対象物に打ち込み、分離切断させるのに用いる。お城の石垣などに使われた石材は、くさびを並べて打ち込むことできれいに割ることができる。実は木ネジもくさびの応用であり、くさびをらせん状にしたものといえる。回転させて押し込んでいく。重量物をリフトするジャッキのネジもくさびの応用である。「てこ」は、支点を中心にして揺動する棒部材からなり、力点に加えた力を作用点で拡大することができる。栓抜きもハサミも「てこ」の原理を用いている。「滑車」はこれらより進歩した装置である。例えば2つの滑車を使いロープを3本状態にすると、おもりを動かす力は3分の1になる。最初は井戸から水を汲み上げるのに用いられた。今でもクレーンなどに多く使われる。重量物を持ち上げるチェーンブロックも類似の原理である。力を増大させる手段は、さらに「歯車」と「油圧」の登場で進化して現在に至るが、特に「油圧」については別途記載する。


 2019/08/07 (50 ヒット)

 日本のバナナは99.9%が輸入品である。昔は貴重品でなかなか食べられなかったが、今では安価に手に入る。日本に輸入される果物で最も量が多い。バナナの生産量比較では、1位がインド、2位中国、3位インドネシアと並び、フィリピンは6位だが、日本に輸入されているバナナの86%はフィリピンからである。1位のインドは自国消費が多い。バナナの種類の中で最も多いのがキャベンデイッシュで世界の5割を占める。日本に輸入されるバナナの100%はキャベンデイッシュである。バナナは未成熟で輸入され保存倉庫で13度に保持される。出荷3日前に熟成庫に移す。根元に緑が残った状態で販売され、それが黄色になったら食べごろである。バナナの食べごろキープは13℃。家庭では冷蔵庫の野菜室に保存するのがいい。温度が高いとバナナからエチレンガスが出て成熟が進む。バナナは高地で栽培されたものほど高価でおいしい。高地では時間をかけて成長するから。バナナのカロリーは1本86kcal整腸作用があり排便に効果がある。特に青めのもので食物繊維が多い。


 2019/08/03 (46 ヒット)

 最近あまり見かけなくなったが、町のショーウインドウなどで水鳥の形をしていて、ときどきコップの水にくちばしを突っ込んでは、休むことなくその体を前後に動かし続けている「水飲み鳥(別名平和鳥)」をご存じだろうか。この水飲み鳥は世界中に知られ、その発明者は日本人平田棟雄ともいわれる。水飲み鳥は電池でもゼンマイでもなく動き続けるので、永久機関なのではないだろうかとさえ思わせてくれる。二つの中空ガラス球がガラス管でつながり、一方の管端はガラス球に挿入されて開いている。平和鳥の頭部はフェルトでおおわれている。頭部のくちばしがコップの水で濡れると、フェルト部から水分が蒸発しはじめ周囲から気化熱を奪う。頭部は冷たくなり、それに比べてお尻が温かいため、水飲み鳥の内部にある揮発性の液体(エーテルなど)は、お尻で蒸発して管内を頭部に向けて移動し、そこで再び液化する。 こうして頭に液体がたまって重くなると、水飲み鳥はコツンと傾いて「水を飲む」動作をする。 水飲み鳥が横になると、頭とお尻が水平にパイプで結ばれる格好になり、パイプを伝って液体がお尻の方に移動する。 液体がお尻に移動すると、お尻の方が重くなって、水飲み鳥は起きあがる。 以後、頭を冷やす水がなくなるまで、これを繰り返すことになる。


 2019/07/30 (53 ヒット)

 世界で最も個体数が多い生物、それがアリでその数1京匹という。世界中でアリは1万種以上いる。アリは複雑な社会をもっている。そうしたアリの社会は5000万年前からできているらしい。現在ではそれぞれの種に応じて完成した社会が存在している。日本にいるアリの中で最大級がクロオオアリ、巣の奥には1匹の女王アリがいて、これは産卵に特化したアリである。ほぼ毎日産卵する。女王の世話やさなぎや幼虫の世話をしているのが働きアリである。巣の外にも働きアリがいて食料になるものを巣に運び込む。これらの働きアリは全てメスである。オスのアリは交尾の時期だけ生まれてくる羽をもつアリで、短命である。女王アリの寿命は10~20年。この働きアリの社会では、「よく働くアリ」と「普通に働くアリ」と「あまり働かないアリ」が、2:6:2の割合で存在する。人間社会でも同様のことがあるらしい。北アメリカの乾燥地帯に住むミツツボアリでは、一生蜜を貯蔵するために自分の体を使う役目だけのアリがいる。アリの社会では分業が成立しているのだ。


 2019/07/27 (50 ヒット)

 通販サイトを使うと購買履歴から「おすすめ商品」が示されるのは珍しくない。行動履歴を含めた個人データは「新しい石油」とも呼ばれ、政治や経済にまで大きな影響を与え始めている。今では、「企業が私の欲望を私よりも正確に知ることができる」という時代だ。世界最大の動画配信サービス「ネットフリックス」が躍進を続ける。世界の会員数は1億2500万人。躍進の原動力は、視聴者の好みを分析して作品づくりにも生かす「機械学習」である。膨大な視聴データを分析して個人の好みをはじき出し、作品をすすめている。また何を配信すればヒットしそうかの予測にも使う。会員が作品を一気に見たか中断したかや、途中から見なくなったかなどあらゆるデータから分析する。分析したデータに基づいて制作した作品は多くの視聴数をかせぐ。同社が制作したドキュメンタリー「イカロス」は長編初のアカデミー賞を受賞した。私たちのネット行動は全て監視されている。


 2019/07/23 (84 ヒット)

 スマホ世代の若者にはPHSといってもわからないかも。PHSはPersonal Handy phone Systemの略で、1995年にNTTパーソナルとDDIポケットがサービスを始めた。大半が「070」で始まる番号を使う。国内で現在もPHSサービスを続けているソフトバンクとウイルコム沖縄が、 個人向けサービスを2020年7月で終了すると発表。PHSは一般電話回線からPHS用アンテナを引いて使用するため、家庭用コードレスフォンを外出先でも使えるようにしたのが始まり。近距離での通話を得意とし、携帯電話に比べて音質がよく料金も安い。ただ遠距離になるほど料金は高くなる。今も病院内や会社内、また自動販売機などのデータ収集などに使われる。「ピッチ」の愛称で1997年には契約件数が700万件を超えてピークに達した。基地局の設置コストが安いため地下街や地下鉄などへのエリア展開が携帯電話よりも早かった。しかし携帯電話も音質が向上して料金も下がり、PHSのメリットは小さくなった。2017年12月時点での携帯電話契約件数は1億6700万件、一方PHSは278万件。


 2019/07/21 (49 ヒット)

 大昔、鉄は太古の海に地表から流れ込んだ。約27億年前に光合成細菌が出現して酸素をつくりだした。鉄はこの 酸素で酸化されて沈殿し鉱床となった。これが地表に出たのが鉄鉱石の鉱山である。製鉄とは、この鉄鉱石から酸素を奪って微量の炭素を加えて鋼をつくることである。純粋の鉄はやわらかい。炭素を加えると硬くもろくなる。炭素量2%未満で、適正な粘り強さをもたせることができる。製鉄所には2種の炉がある。高さ100mもある高炉に鉄鉱石とコークスを交互に入れて下から高温の熱風を吹き込む。鉄鉱石は熱で酸素が奪われ同時にコークスの炭素が鉄と結びつく。最高2200度にして約8時間後、溶けた鉄(銑鉄)を炉の下から取り出す。ただこれは炭素量が4%以上もあるので、転炉に移して酸素を吹き込んで中の炭素を燃やす。日本では古来「たたら製鉄」という方法で砂鉄と木炭から鋼をつくっていた。


 2019/06/17 (69 ヒット)

 「塩梅」と書いて「あんばい」と読む。元々は食物に辛みをつける塩と酸味をつける梅の組合せの意味だが、やがて料理の味加減や物事の程合いや具合を示すようになった。塩と梅とは切っても切れない深い関係があり、その微妙な組合せが梅干しのできを決定する。梅はそのままでは食に適さないが、塩と一緒に加工することではじめておいしい食べ物になる。梅にとって塩の重要な役割は3つ。ひとつは「保存性」で塩漬けにすることで腐りにくくなる。二つ目は「味」で塩味は梅肉の酸味とうまく調和する。三つめは「加工性」で塩漬けにより梅の果汁が「梅酢」となって梅の形がくずれにくくなる。最近では、健康志向の高まりから、減塩して食べやすいように鰹節や昆布、蜂蜜などを加えた「調味梅干し」が多く出回るようになった。ただし減塩すると賞味期限は短くなるので注意が必要。梅干しには、血糖値上昇を抑え、便秘解消を助け、肝機能の働きを高めるなどの効果がある。


 2019/06/14 (87 ヒット)

 機会があって伊豆の国市にある韮山反射炉を見学してきた。明治日本の産業革命遺産として2015年に世界文化遺産に登録された。反射炉とは、17~18世紀にかけてヨーロッパで発達した、金属を溶かして大砲などを鋳造するための溶解炉である。内部の天井がドーム状になった炉本体と、レンガ積みの高い煙突からなる。木炭や石炭を燃やして発生させた熱や炎を炉内の天井で反射させ、一点に集中させることによって銑鉄を溶かすための千数百度の高温を実現する。炉内壁を放物線状にして銑鉄に熱の焦点が当たるようにする。韮山反射炉は2基4炉からなり高さは15.7m。竣工は安政4年(1857年)であり、韮山には反射炉以外の設備もあって大砲製造工場を形成していた。釜石でつくられた銑鉄が運ばれ、それを反射炉で溶解させ、溶けた鉄をカノン砲鋳型に流し込み、次に水車の動力でこれを回転させて穴をくり抜くという工程である。この反射炉製造に力を尽くしたのは韮山代官であった江川英龍であるが、英龍自身は完成を見ずに世を去った。その息子が反射炉を完成させた。稼働を終えた後も150年以上にわたり、地域の協力で修理保存されてきた。


 2019/06/11 (70 ヒット)

 地球が一日に1回自転していることは、今では誰もが知っている。1851年、この当時もすでに多くの人が、地球が自転しているらしいことは知っていた。しかしその証拠は得られていなかった。フランスの科学者フーコーは、パリのパンテオン寺院で、天井から伸びた長さ67mもの長さの針金に重さ28キロのおもりをつけた巨大な振り子を用意し、世界で初めて地球の自転を証明する実験を行った。振り子を振り続けたところ、振れの方向が徐々に時計回りにずれてきたのである。通常なら振り子の振れる方向を変える力は存在しない。実は振り子の振れ方向は同じままで、振り子を観察している自分たちがその地面ごと回転していたのである。振り子の向きがどれだけずれるかは、緯度によって異なる。赤道上でこの実験をしても振り子の方向はずれない。そして振り子を長時間振り続けるためには、ひもを長くとることとおもりを重くすることが必要だった。国立科学博物館や大阪市科学館などにもフーコーの振り子が設置されている。

 


 2019/06/07 (93 ヒット)

 同じことを以前にも書いたかもしれませんが…。秋田新幹線は1997年に開業した。しかしこの呼び方は間違いである、なぜなら従来線を使っており「新幹線」ではないから。正式には「新幹線直通特急」という。

ルートの大半は以前の「田沢湖線」を使っている。従来線と新幹線ではレールの間隔が異なるのに、秋田新幹線「こまち」は東京から秋田までそのまま走る。どうやっているのだろうか?従来線のレール間隔は「狭軌」と呼ばれ1067mmである。「標準軌」の1435mmになったのは、1964年の東海道新幹線が最初である。回答は、秋田新幹線を通すために従来線のレール間隔を「標準軌」に改造してしまったのである。もちろん同じ線路を走る在来線の車両もそれに合わせて改造した。しかしさすがにトンネルや駅のホームまで改造することはできず、そのために秋田新幹線の車両は通常新幹線車両に比べて狭いままである。その幅は在来車両と同じ2946mm。なお一部区間では、狭軌の車両も通す必要があって、そこではレールを3本設置してそのうちの2本を使う方式になっている。

 


 2019/06/04 (83 ヒット)

 血液中のタンパク質などの分子には、それぞれ互いに少しずつ構造が異なる複数のタイプがある。その違いが「血液型」である。赤血球の膜にある分子の違いによるものだけでも、ABO血液型、Rh血液型など250種以上の血液型があるという。輸血においては、ABO血液型とRh血液型がチェック確認される。臓器移植の場合はさらに、白血球にある分子の型であるHLA型の適合も重視される。かつてO型から他の型への輸血は可能と教えられたが、やはりこうした輸血は避けるべきとして現在では行われていない。A型の遺伝子型はAAかAOで日本人の約4割を占める。B型の遺伝子型はBBかBOで日本人の約2割を占める。AB型の遺伝子型はABで日本人の約1割を占める。O型の遺伝子型はOOで日本人の約3割を占める。どの民族でも最大多数派のA型が進化上の祖先型とされ、類人猿にもABOの血液型がある。血液型と性格のことが話題になるが、科学的根拠はないようだ。


 2019/06/01 (58 ヒット)

 書店に行くと、「切り絵」と書かれた本と「切り紙」と書かれた本とが並んでいる。どうやら、紙を折りたたんでから切り込みを入れ模様をつくって、それを開いてできあがるのが「切り紙」と呼ばれるようだ。この場合、模様や文様や図案などが多い。一方「切り絵」は、紙を切ることによって人物や風景などの絵を完成させる方法でつくられた絵画に近いものをさす。日本きりえ協会ではひらがなで「きりえ」と呼んでいる。一部では特に繊細な切り絵を「剪画」と呼ぶ人たちもいる。一方寄席において、ハサミを用いて目の前で白い紙を切って、黒い台紙に重ねてシルエット状に見せるものは、「紙切り」と呼ばれる。下絵もなしに切っていくのは、見事な芸である。中国においては、昔(1000年前)から伝統的につくられている民間芸術としての切り絵があり、これは現在「剪紙」と呼ばれ、一部では「刻紙」とも呼ぶ。そのテーマは十二支や動物や植物や物語などさまざまである。赤や青などに染色された、非常に薄い紙を切った作品が多い。日本では昔から着物生地に模様を染色するのに「型紙」を用いてきた。有名なものに「伊勢型紙」があり「型友禅」も同様である。刃物を用いて紙を切って模様をつくる点で類似しているが、目的は全く異なる。この場合は、油や柿渋などで補強された和紙が用いられ、繰り返しの抜き模様などを彫り抜くことが多い。これが捺染の型紙になる。


 2019/05/27 (39 ヒット)

 浮世絵とは、江戸時代に発達した風俗画の一様式で、木版画の技術を用いて、人々の日常の生活や風物や人物や風景などを描いたものである。江戸の大衆メデイアとして広く庶民に愛された。現在は一般に多色摺りの木版錦絵のことを「浮世絵」と呼ぶ。最初の浮世絵師は、「見返り美人図」で知られる菱川師宣とされる。最初は絵本、読本の挿絵を描いていたが、絵の部分のみを抜き出して独立した「墨摺りの一枚絵」(これは黒一色)を描くようになった。やがてこの単色墨摺り絵に、筆と絵の具を用いて彩色したものが喜ばれるようになる。いわゆるカラー化であるが、これは高価であった。江戸中期になって、色版による重ね摺りの多色木版技術が生まれた。こうしてカラフルな多色摺りの浮世絵誕生である。ここで重要な発明が「見当」(多色位置合わせの手段)である。1765年ごろ、鈴木春信が多色摺りを考案したとされる。まず題材になったのは、「美人画」と「役者絵」、今で言えばブロマイド写真である。多色摺り木版技術が進歩して量産化で価格が安くなった。次に風景画もつくられるようになった。これは観光スポットを紹介する旅行雑誌のようなもの。東海道五十三次などが広く普及した。


 2019/05/23 (53 ヒット)

 家電のリサイクルでは、2001年に始まったのが「テレビ」「洗濯機」「冷蔵庫」「エアコン」の4品目リサイクルであり、これが先行した。これらは特定家庭用機器に指定され、小売業者と製造業者は消費者から有料で引き取ってリサイクルすることが義務付けられている。上記4品目を除いた家電は、これまで鉄やアルミなど一部金属を除いて埋め立て処分されていたが、5年前に4品目以外の家電にもリサイクルを広げることになった。それが「小型家電リサイクル」で、家庭で使う小型家電から貴重な金属を取り出し再利用しようとするものである。例えば電話機、ドライヤー、扇風機、アイロン、携帯電話など28品目が指定されている。ただしこのリサイクルは「義務」ではない。そして具体的な品目や回収方法などは各自治体に一任されている。この制度自体があまり一般に知られていないこともあって、実際はあまり進んでいない。東京五輪を控えて都市鉱山が注目されてくるようになったが。


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