佐藤光雄(技術士:機械、宮城県)
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 2019/01/19 (0 ヒット)

 岩手県盛岡市に原敬記念館がある。日本で本格的政党政治が始まって100年になるが、それを実現させた平民宰相が原敬(はらたかし)である。原敬は1856年盛岡南部藩家老の家に生まれたが、戊辰戦争で旧幕府側に立った南部藩は没落した。19歳で士族の肩書を捨て平民を名乗って東京に出る。そこで猛勉強をして23歳で新聞社に入社。当時の国政を主導していたのは「藩閥」であった。国民の意思をくみ取る政党こそが政治をすべきと考えた原敬は、外務省に入る。外交官としてパリ勤務で多くを学ぶ。ついに1885年に内閣制が誕生する。初代総理大臣は伊藤博文であった。原は伊藤のつくった政党である立憲政友党に入る。そして40代で東北出身初の大臣になる。1918年には原内閣が誕生する。日本初の平民宰相である。1920年の選挙では立憲政友党が衆議院の6割を占めた。原は鉄道網の拡張に力を入れる。だが「我田引鉄」と言われた。悲劇の舞台は東京駅丸の内南口であった。1921年原は刺されて死亡、65歳であった。原敬の墓には遺書に従って「原敬」としか彫られていない。


 2019/01/13 (9 ヒット)

 自然界・生物界において、移動などに「回転輪」を用いているものは、ほぼ存在していない。人類にとってあらゆる時代を通して最も重要な機械的発明、それが「車輪/回転輪」である。水車からジェット機まで私たちが日常的に使っているもののすべてが、何らかの形で「車輪/回転輪」に依存している。回転輪を最初に利用したのは古代メソポタミア人と考えられている。彼らは紀元前3200年頃には戦車をつくり出している。ちなみに、マヤ・アステカ・インカはいずれも高度に発展した文明であるが、「車輪/回転輪」は使われていない。「車輪/回転輪」を用いた荷車や馬車を使えば、摩擦を大幅に軽減でき、速度が速くなり、方向を変えるのも容易になる。こうして荷物を運ぶための労力低減に大きな効果をもたらした。それに対応して道路が整備されるようになる。また「回転輪」を利用して動力を得る方法を開発した。最初は水車や風車であったが、産業革命において、蒸気を利用してそれまでよりずっと大きな動力を得る技術を得た。今や身の周りを見れば多くの製品がエンジンや電動モーターによる回転を利用している。水車や風車を回転させる発電や、タービンを回転させる発電は「電力」を生み出して、私たちの豊かな生活をもたらしている。

 「塩梅」と書いて「あんばい」と読む。元々は食物に辛みをつける塩と酸味をつける梅の組合せの意味だが、やがて料理の味加減や物事の程合いや具合を示すようになった。塩と梅とは切っても切れない深い関係があり、その微妙な組合せが梅干しのできを決定する。梅はそのままでは食に適さないが、塩と一緒に加工することではじめておいしい食べ物になる。梅にとって塩の重要な役割は3つ。ひとつは「保存性」で塩漬けにすることで腐りにくくなる。二つ目は「味」で塩味は梅肉の酸味とうまく調和する。三つめは「加工性」で塩漬けにより梅の果汁が「梅酢」となって梅の形がくずれにくくなる。最近では、健康志向の高まりから、減塩して食べやすいように鰹節や昆布、蜂蜜などを加えた「調味梅干し」が多く出回るようになった。ただし減塩すると賞味期限は短くなるので注意が必要。梅干しには、血糖値上昇を抑え、便秘解消を助け、肝機能の働きを高めるなどの効果がある。


 

433.アルフレッド・ノーベル

わずかな衝撃で爆発するニトログリセリンが人類史に登場したのは1846年のこと。その20年後、このきわめて危険な物質を、人が扱える爆薬「ダイナマイト」として実用化したのが、アルフレッド・ノーベルである。ノーベルが発明したダイナマイトは、鉱山での採鉱や土木工事に革新的な効率化をもたらした。一方で戦場での武器としても需要が拡大し、ノーベルは莫大な利益を得た。功罪ともに存するダイナマイトを発明したノーベルは遺言を残し、それに基づいて1901年にノーベル賞が創設された。現在、物理学賞、化学賞、生理学・医学賞、文学賞、平和賞、経済学賞の6分野がある。経済学賞はノーベルの遺言にはなかったが1968年に新設された。ノーベルは、1833年スウエーデンのストックホルムに生まれた。1867年にニトログリセリンをけいそう土に混ぜて安全にしたダイナマイトを製品化した。世界50か国で特許を取得。1896年ノーベルはイタリアで死去するが、残された遺言書で、遺産の大部分を、人類にもっとも大きく貢献した人に賞の形で与えるように記した。

 

434.ノーベル賞と初期受賞者

ノーベル賞の中核を担ってきた組織が「ノーベル財団」である。ノーベルの助手をつとめていたソールマンらが設立したもので、ストックホルムに本部を置く。この財団自体は受賞者の選考に一切かかわらない。財団は、ノーベルの遺産を運用管理する「管財人」をも担う。ちなみに2016年の賞金額は日本円で約1億1000万円。1901(明治34)年に第1回目のノーベル賞が授与された。このときの物理学賞はドイツの物理学者レントゲンである。受賞理由は「X線の発見」。このときの平和賞は、国際組織赤十字の結成に成功したスイスの実業家デユナンが受賞した。1903年の第3回物理学賞は、放射線を発見したフランスのベクレルと放射線の研究をすすめたキュリー夫妻が受賞した。1905年の生理学・医学賞は、ドイツのロベルト・コッホが「結核に関する研究と発見」で受賞。1908年の化学賞は「原子物理学の父」ザフォードが、「元素の崩壊」等に関する研究で受賞。1911年の化学賞ではラジウムなどの研究でマリ・キューリが2度目の受賞をした。著名なアインシュタインは、1921年「光電効果」に関する研究で物理学賞を受賞している。


 2019/01/10 (9 ヒット)

 コンタクトレンズは、薄いレンズを目に装着するだけで視力矯正ができ、大変便利なものである。コンタクトレンズはプラスチックでできており、大きく分けて「ソフトレンズ」と「ハードレンズ」の2種類がある。ソフトレンズは水を含むプラスチックでできていてやわらかい。ハードレンズは水を含まないプラスチックでできていて硬い。現在ではコンタクトレンズ使用者の約8割が「ソフトレンズ」であるという。歴史的に見れば、最初はガラス製だったが、1940年代になってプラスチックの新しいコンタクトレンズが開発された日本では1951年にメニコンの創業者田中が日本初の角膜コンタクトレンズ実用化に成功した。コンタクトレンズは眼鏡に比べて本来の見え方に近いという利点がある。顔を下に向けても落ちることはないが、これは涙の表面張力によるものである。ハードレンズよりソフトレンズの方が、涙が蒸発しやすいため、ドライアイになりやすいとされる。またうっかりコンタクトレンズをつけたまま寝てしまうと、角膜へ酸素供給不足になり視界がぼやけたりすることがある。


 2019/01/04 (18 ヒット)

 現在は春彼岸にあたる。お彼岸は、生死流転のこの世界(此岸)から涅槃の世界(彼岸)への道を無事にたどりつくために、日ごろの自分を反省し、ご先祖に感謝していこうというもの。お彼岸には仏壇やお墓を美しく整え、花や水、故人の好物などをお供えし供養する。「お彼岸」行事は仏教の発祥地であるインドにも、中国にもない日本独自の仏教習慣である。「暑さ寒さも彼岸まで」というように、一年のうちでもっとも良い季節にあり、彼岸は春と秋との2回。春の彼岸は春分の日を中心に前後3日の七日間、秋の彼岸は秋分の日を中心に前後3日の七日間である。春分の日と秋分の日は、昼と夜の長さが同じになる日である。春彼岸に食べるのは「ぼたもち」で、秋彼岸に食べるのは「おはぎ」であるが、実は同じものである。春は「ぼたんの花」を秋は「萩の花」を意識して呼ばれる。


 2018/12/29 (15 ヒット)

 殺虫剤には大きく分けて「スプレータイプ」「煙タイプ」「えさタイプ」の3種がある。蚊やハエの殺虫剤に最もよく使われている成分は、「ピレスロイド剤」と呼ばれるものである。これは昆虫の皮膚や気門を通して体内に入り込み、神経細胞にあるナトリウムチャネルという部分にくっつく。ナトリウムチャネルはナトリウムイオンを取り込むための通路であるが、ここにピレスロイド剤がくっつくとチャネルが開いたままで閉じなくなり、神経細胞が興奮しっぱなし状態になる。その結果体にけいれんが起こり、昆虫は動けなくなる。家庭用殺虫剤として次によく使われるには「有機リン剤」である。これも昆虫の神経細胞に作用して、興奮様態を止まらなくする。こうした殺虫剤成分であるが、正しい使い方なら人に害が出る影響はほとんどない。理由の第一は、その有効成分の量が人にとってはかなり微量だからである。第二は人体にはこうした殺虫剤成分を分解する解毒酵素があるから。ただ昆虫の中には、殺虫剤成分への抵抗性が増して、しぶとく生き続けるものがいるらしい。


 2018/12/26 (15 ヒット)

 鉄は最も身近な金属のひとつである。人類は鉄を使って、武器を作り、列車を走らせ、高層ビルを建ててきた。鉄は自然界には酸化鉄や硫化鉄の形で存在する。歴史的には「石器時代」「青銅器時代」に続いて「鉄器時代」がやってくる。紀元前3000年頃メソポタミアで鉄が知られていたが、当時は鉄鉱石から鉄を製錬することはできず、紀元前1400年頃になってヒッタイトにおいて初期製鉄法が開発された。地球の中心には鉄とニッケルでできた「核」があり、地球の質量の3分の1は鉄で占められているらしい。実は地球は「鉄の惑星」といえる。中心核の鉄は高温のため液体になって対流している。このため電磁石の役目をはたし地球の磁場を生んでいる。恒星の内部では核融合反応が進むが、この核融合の終着点が原子番号26の鉄なのである。全ての原子核の中で最も核反応を起こしにくいのが鉄である。


 2018/12/23 (16 ヒット)

 100歳以上のお年寄り(百寿者という)の人数は、1963年には全国で153人だったが2017年には6万7000人で、400倍以上に増えた。男女比は7:1で圧倒的に女性が多い。世界で最も百寿者が多い国は米国で、2位が日本、3位が中国、4位インドと続く。百寿者の性格調査結果では、男性は好奇心が旺盛で新しいものを受け入れられる開放性が高い人、女性はいろいろな人とつきあえる外向性や開放性誠実性が高い人、だという。「フレイル」とは虚弱を意味する英語からきているが、年をとり心身の活力が衰え弱々しくなった状態をいう。フレイル予防は、(1)運動、(2)食と栄養、(3)社会参加の3つを継続していくことという。「運動」「文化活動」「ボランティア」「地域活動」をやっている人は、フレイルのリスクが低い。また「オーラルフレイル」という言葉もあり、しゃべったり食べたりという「口まわりの健康」が大事だ。しっかり呼吸し、話をし、よくかんで、しっかり飲み込み、唾液を出して、おいしいものをおいしいと感じること。


 2018/12/20 (22 ヒット)

 徳川260余年にわたり天下を掌握したのが徳川家の「三つ葉葵紋」である。この家紋はテレビドラマ水戸黄門の印籠でもよく知られており、将軍家及び徳川御三家の権威の象徴であった。葵は本来二葉葵であり、三つ葉葵は存在しないが三つ巴紋に似せたデザインにしたと思われる。織田信長や豊臣秀吉は複数の家紋を使っていたが、家康は他の家紋を使わず「「三つ葉葵」にこだわった。実は葵紋は以前から、松平家、酒井家、本多家が使用していたが、家康は将軍を宣下した頃から他の家には使わせず「独占紋」として、将軍の権力を示すことに使った。ただ歴代将軍により葵紋のデザインは微妙に異なる。一方天皇家は「菊紋」を用いている。明治以降第二次大戦終了までこの天皇家「菊紋」をみだりに使用することは禁じられた。現在日本国パスポートの表紙には、この「菊紋」が入っている。この菊紋に準じる準国章としての「桐紋」は現在の500円硬貨に入っている。


 2018/12/17 (38 ヒット)

 新幹線のスタートは東海道新幹線だが、JR東日本の場合でみれば、国鉄時代の1982年6月であった。

 東北新幹線の大宮―盛岡間が開業したのだ。同年11月には大宮―新潟間の上越新幹線も開業する。だが当時は「大宮始発」という暫定開業だった。それでも大宮―盛岡間を3時間17分で結ぶ画期的なものであった。1985年3月には上野まで延伸し、1991年6月になってやっと東京へ直結した。その後も2002年に盛岡―八戸間が、2010年に八戸―新青森間が開業して、東北新幹線は28年をかけて全線開通を果たしたのである。2016年には新青森―新函館北斗間の開業によって、新幹線はついに青函トンネルを通り津軽海峡を越えた。1982年の東北新幹線開業当時、その最高速度は時速210キロだった。その後高速化と快適性の新技術追求により、現在のE5系、E7系では日本最速の時速320キロ運転を実施している。


 2018/11/01 (52 ヒット)

 小説や音楽、美術などの著作権が保護される期間は、現在「作者の死後50年」であるが、これを70年に延ばす著作権法改正案が近く国会に提出される。著作権があるかぎり、作品の利用には原則として費用と著作権者の許可が必要である。18世紀に世界最古の著作権法とされる英国の「アン女王法」が成立したときには著作権は、「作品公表後14年間」だったという。だが権利者側の意向で延長が繰り返された歴史がある。今回の延長問題が出てきたのは、環太平洋経済連携協定(TPP)がきっかけである。世界的に稼げるコンテンツを多く保有して、保護期間をすでに「70年」にしている米政府が、各国に足並みをそろえるよう求めたのだ。保護期間は、作者の遺族の利益や小説や漫画の出版や二次創作などに影響するので賛否両論がある。


 2018/10/28 (53 ヒット)

 「バイオプラスチック」は大きく2種類がある。当初は、土に埋めるなどすると微生物によって自然に分解される「生分解性プラスチック」のことだった。しかしその後、石油や石炭などの化石燃料を使わず、再生可能な生物由来の材料を使った「バイオマスプラスチック」が登場し、現在はどちらも「バイオプラスチック」と呼ぶ。後者は例えばトウモロコシやサトウキビなどを原料にするが、これらは大気中にあった二酸化炭素を光合成で吸収したものなので、それを燃焼・廃棄しても二酸化炭素の増減がゼロになると判断するもの。残念ながら100%完全な植物由来の製品はほとんどない。強度などが不十分で石油由来の材料と混ぜて使われる。業界では25%以上含めば「バイオマスプラスチック」の表示が使える。まだプラスチック全体に占める割合は1%に満たない。


 2018/10/24 (51 ヒット)

 今から1200年前の紀元804年、日本史上最高の天才が海を渡り唐の都「長安(今の西安)」へ行った。それが空海である。空海は書家としても知られ、日本各地に数々の伝説を残してきた。空海は774年四国に生まれ子供時代から非凡であった。31歳で遣唐使となって最澄とともに唐に渡った。最澄の場合は国費で行ったが、空海は私費留学生だった。そして空海は唐にわたったとき、すでに中国語が自由に話せたという。最澄が通訳を連れていたのと対照的だった。西安の青龍寺に留学して、インドから中国に伝わったばかりの、当時は最新の仏教であった「密教」を学んだ。ところで莫大な留学の費用であるが、空海は当時貴重であった「水銀」の鉱脈を見つけ出しそれをお金に換えたのでは?とされている。空海は恵果から後継者と認められて密教の全てを受け継いだ。帰国した空海はやがて高野山をひらく。62歳で永遠の瞑想に入った。高野山では今でも空海は生きているとして、1200年間毎日、奥の院に空海のための食事が届けられている。


 2018/10/21 (46 ヒット)

 ヒト(人類)がつくりだしたものの中で最も重要なものに「言語」がある。私たちは普通に会話していてその重要性に気付いてはいないが。ヒトの言語は、「膨大なボキャブラリー」と「文法」によって可能になった。他の動物と同様に最初は「鳴き声」にすぎないものだった。ベルベットモンキーは鳴き声を使い分けている。プレーリードッグの鳴き声はさらに多様化している。しかし彼らの場合は、いわゆる「名詞」しかない。もちろん「文法」もない。アウストラロピテクスの場合も、同様に固有名詞だけだっただろう。ネアンデルタール人は名詞に加えて動詞も使ったかもしれない。石の道具を使い文字を持たない民族でさえ、けっこう複雑な言語を使っていることがわかっている。ヒトはより正確なコミュニケーションをやりたいという思いから、膨大な数の「名詞」に加えて、「動詞」「形容詞」「副詞」などを使い、その使い方における文法を定めることによって、複雑なコミュニケーションをも可能にした。現在地球上では約7000の言語が使われているが、それが次々と消滅しつつある。グローバル化などで200ほどしか残らなくなるといわれる。


 2018/10/17 (50 ヒット)

 今や大変な情報化社会になり、大量の情報がデジタル化されて有線・無線で世界中をかけめぐっている。こうした手段がなかった時代のアナログ的な情報伝達送信に大活躍したのが「伝書バト」であった。紀元前のギリシャ古代五輪でも、優勝者の速報にはハト(鳩)が使われていたから、歴史は古い。特に活躍したのが第一次世界大戦である。日本陸軍は1919年にフランスから軍用鳩1000羽と移動鳩舎などを輸入してこれを利用した。旧日本軍は結局1945年の敗戦まで他の手段と合わせてハトを活用した。1923年の関東大震災では、他の情報伝達手段が壊滅した中で、約2000羽の鳩による通信が頼りにされた。朝日新聞社は大阪本社で200羽の鳩を飼い、1928年以降の甲子園野球大会では、大会期間中鳩便が計160回にわたり原稿、写真、イラストなどを球場から大阪に運んだという。人では1時間20分かかったがハトは12分だったという。それにしても鳩の帰巣本能はすばらしい。


 2018/10/13 (54 ヒット)

 飛行する生物の運動メカニズムが、ほとんど画一的に羽ばたき飛行であり翼の形もよく似ているのは、生物が飛行するための条件が極めて厳しく限られたものであることを意味している。アホウドリはグライダーのように大きなアスペクト比の翼をもって、できるだけ少ないエネルギーで遠くまで飛べるような体になっていて、非常に優れた滑空性能をもっている。一方でイヌワシは、小さいアスペクト比の翼と大きな尾羽を有して、木々の間を飛んだり急旋回や急降下ができるようになっている。鳥たちは自由な飛行を得るために、羽ばたくことで推力を生み出している。その羽ばたきも、下向きに動かした翼は必ず今度は上に戻さなければならないが、同じように戻したのではせっかくの水平飛行メカニズム効果が打ち消されてしまう。鳥たちは打ち下ろしのときと戻しのときとで翼の形や角度を巧みに変えることで、見事な飛行を可能にしている。鳥の場合は飛行機と類似した翼を活用するが、昆虫の場合は非常に薄い羽を高速で羽ばたかせている。かつての恐竜時代には最大翼幅12mという巨大な「翼竜」が空を飛んでいたというが、なかなか信じがたい。


 2018/10/10 (62 ヒット)

 憲法改正が議論されている。日本国憲法の構成をみてみよう。まず「前文」があり、次に「第1章」から「第11章」までで構成される。前文ではその643字に、国民みずからが主人公であるとの思いから、「国民主権」と「平和主義」を記載している。日本国憲法に特徴的なのが第1章の「天皇」と第2章の「戦争の放棄」である。第1章では天皇を、日本や日本国民の統合の「象徴」とし国民主権を明らかにする。第2章では平和主義のため軍隊も戦力も持たないことを記した。第3章が「国民の権利及び義務」で、国民のさまざまな権利を示し、親が子供に教育を受けさせる義務、勤労する義務、納税の義務を示している。第4章「国会」、第5章「内閣」、第6章「司法」の3つでは、立法と行政と司法の「三権分立」のしくみを明らかにしている。第7章以降は、国の機関のありようや国家権力の使い方が示されている。


 2018/10/07 (58 ヒット)

 約400万年もの間地上に生活していた陸上の巨大草食動物が「マンモス」である。人類はかつてマンモスと同じ時代を生きていたのだ。マンモス最後の種である「ケナガマンモス」は、25万年の間地上に生息しそのほとんどは1万年前に姿を消した。最古のマンモスは、300~400万年前にアフリカ大陸から北へ移動し、ユーラシア大陸において「南方マンモス」が登場する。これは肩までの高さが4mと巨大であった。200万年前南方マンモスはベーリング海峡を渡って北アメリカへ移動し、北アメリカで「インペリアルマンモス」が登場する。そこからさらに南下して中米で「コロンビアマンモス」が現れる。一方ユーラシア大陸でも「ステップマンモス」が現れ、これが「ケナガマンモス」へとつながっていった。「ケナガマンモス」は比較的小型で、全身を長い毛でおおわれていた。「ケナガマンモス」のDNAは現代の象のDNAと99%が同じであるという。いくつもの壁画などにマンモスの絵が描かれており、人類はマンモスを怖れながらも利用していたことがわかる。1万3000年前にマンモスなど巨大動物の4分の3以上が姿を消している。その原因はわかっていないが、環境の変化や隕石落下などの説がある。最後までマンモスが生き残っていたのはシベリアで、その永久凍土層からいくつものマンモスが見つかっており、研究の進歩に貢献している。


 2018/10/04 (72 ヒット)

 今日世界は「お茶の文明」と「コーヒーの文明」に二分されている。中国文明とイギリス文明の影響を受けたところはお茶の文明圏となっている。日本と中国は「緑茶」である。中国では大多数の人はジャスミン茶を飲んでいる。その元となっているのは緑茶である。同じ緑茶でも、日本では蒸してつくるが中国では釜炒りにしてつくるという違いがある。お茶は大きく「発酵茶」「半発酵茶」「不発酵茶」「代理茶」の4つに分けられる。熱処理をして自家発酵を止めた「不発酵茶」が緑茶である。半分がた発酵したところで止めた「半発酵茶」がウーロン茶である。発酵を続けると真っ黒になる。このように完全発酵させたものは独特のにおいを出す「発酵茶」となり紅茶が該当する。代用茶とはハーブティーなどである。日本に最初にお茶が入ってきたのは奈良時代の末であるが普及することはなかった。鎌倉時代に栄西禅師によってふたたびお茶がもたらされ、そのときは抹茶の色と香りが日本人の好みに合い、お茶が日本に定着して「茶の湯」も流行することになった。


 2018/10/01 (70 ヒット)

 ジュースや茶などの飲料容器として主役になったペットボトルは、リサイクルの優秀選手でもある。初めてペットボトルに入った飲料が販売されたのは1982年だが、その5年前にはしょうゆの容器として使われ始めていた。「ペット」は、炭素水素酸素でできた化合物「ポリエチレンテレフタレート」の頭文字PETからきている。軽いけれども、落としても割れず丈夫で、透明で中が見やすく安価であることから、飲料容器として優れている。清涼飲料でみると、ペットボトル入りの割合は、1996年には23%だったものが2016年には72%に増加している。今では年間約60万トン、227億本が販売されている。そして国内で回収されるペットボトルは約65万トン。回収されると8割強がリサイクルされ、50%強は国内で、それ以外は中国などでリサイクルされる。リサイクルの利用では、食品トレイなど用のシートが46%、繊維類が28%、ペットボトルが24%となっている。


 2018/09/26 (82 ヒット)

 特別な存在であるかのような「ヒト」も、基本的には外形も内臓も他の動物と違わない。だがヒトは他の動物とは異なる進化をしてきた。1984年にヒトと類人猿の違いがDNAから解析された。その結果DNAの98.4%が同じであることが判明した。予測ではせいぜい90%と思われていたのに。ヒトとチンパンジーやボノボの間には、たった1.6%しか遺伝子上の違いはないのである。ヒトは500万年前に登場したとされるが、どのように進化してきたのだろうか。300~250万年前に直立二足歩行を可能にすべく骨盤が進化した。アウストラロピテクス(猿人)が誕生し、5万年前にアフリカでホモサピエンス(現在の人類の祖先)が誕生する。ホモサピエンスは北上して中近東あたりでネアンデルタール人と遭遇する。両者はともに大きな脳をもっていた。だがやがてネアンデルタール人は絶滅してしまう。ホモサピエンスの方が「より発達した言語をもっていて計画を立てて行動できたから」と予測されている。実はアフリカ以外に住むホモサピエンスには、ネアンデルタール人のDNAが3%ほど含まれているという。

 


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