ニュース
行事・CPD案内
ガイアパラダイム・技術士東北
一分間で読める科学・技術の話
アーカイブズ
ウェブリンク集

774.幻の東京五輪1940


 来年に延期された東京五輪だが新型コロナ感染に揺れている。実はかつて、いったん招致に成功した東京五輪を開催国の日本が自ら返上したという歴史があった。1940年の「幻の東京五輪」である。アジア初のオリンピックとして1936年に招致に成功したが、1938年になって自ら返上したのだ。私はNHK大河ドラマ「いだてん」を興味深く見ており、このことは深く考えさせられた記憶がある。嘉納治五郎氏の印象が大きい。嘉納治五郎はIOC総会カイロからの帰路、氷川丸船上で亡くなる。嘉納の死から2か月後に政府は返上を決めた。1940年五輪のメイン会場に予定されていたのが、神宮外苑競技場である。1940年は日本建国(紀元)から2600年にあたり、壮大な祝賀記念事業として東京五輪招致が提案されたのだ。しかし戦時色が濃くなって日本が非難され、結局返上となる。1943年に神宮外苑競技場は大観衆で埋め尽くされた。その歓呼の中で銃をかついで行進したのは、全国から集められた学生たち2万5000人で「学徒出陣セレモニー」だった。1940年の五輪はヘルシンキに引き継がれたが、第二次世界大戦で中止になった。こうして「戦争」が五輪を遠ざけた。今回は予想外のコロナウイルス感染症が障害にある。