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11.携帯音楽プレーヤー   2013年1月28日

 NHKスペシャルで「ウォークマンはなぜiPodになれなかったのか」というのをやっていました。私は東京でソニー歴史資料館を見学してきました。そこ には偉大な創業者井深大と盛田昭夫がめざした開拓精神を感じられる多数の展示がありました。1950年に東京通信工業が日本初のテープレコーダーG型 (16万円)を開発・発売したところから歴史は始まります。井深が数日かけて書いたという設立趣意書(レプリカ)もありました。
 飛行機の中で音 楽を聞きたいから小さいカセットプレーヤーを作ってほしいという、ソニー名誉会長井深大の依頼を受けてソニーの技術者が、カセットテープレコーダーから録 音機能とスピーカーを取り除いてコンパクト化したものを作りました。これを見たソニー会長の盛田昭夫が商品にすることを決めました。こうして1979年に ソニーから発売 されたのが世界初の携帯型音楽プレーヤー「ウォークマン」です。いつでもどこでも個人で音楽を聞くことができるという新しい文化を生み出 しました。2006年まで世界累計3億7000万台が出荷されたヒット商品になったのです。音楽メデイアはカセットテープからCDへそしてMDへと変わっ ていきました。
しかし2001年にパソコンメーカーのアップルが、iPodを発売してそこから歴史は大きく変わりました。ソニーも同じことがやれたはずなのにできなかったのです。

10.ホッチキス   2013年1月21日

 紙を綴じるのに欠かせないのがホッチキスですね。これは19世紀にアメリカのホッチキスという人が発明したとされているため、日本ではホッチキスと呼んでいますが、英語では「ステープラー」と言います。日本には1903年から輸入されましたが、それらは卓上型で大きくて重いオフィス用のものでした。1952年に山田興業(現在のマックス)から発売されたのが、小型化された10号タイプホッチキスです。手のひらに収まる大きさで指先で簡単に綴じることができ、個人用文具への道を開きました。
10号タイプホッチキスは、その後改良を繰り返しながら進化してきましたが、結果的にこの針サイズはスタンダードになりました。1985年にはコピー機に組み込まれて自動で紙を綴じる装置が開発されました。1987年にはフラットクリンチタイプが開発され、裏側の針のふくらみがほとんどない方式が発売されました。
針の製造方法ですが、鉄線を数百本並べて圧力をかけて接着剤でくっつけて帯状にし、それを切断、曲げ加工して作られるそうです。針先をよく見ると片側エッジではなく中央エッジになるように切断されています。

9.ヤマハ誕生の話   2013年1月15日

 1887年のこと、浜松尋常小学校には日本に数台しかないアメリカ製のオルガンが設置されていました。これがある日、音を発しなくなり修理してくれるところを探したのです。すると医療機器の修理工をしている山葉寅楠という男がいることがわかり、修理を依頼しました。山葉はさっそくオルガンを分解調査して原因をつきとめました。ところが山葉は修理する前に、内部構造のスケッチを始めてその構造を理解したのです。
その後山葉は、一つ一つ手作りで部品を作り、何度も試行錯誤を繰り返しながらようやく国産初のオルガンを完成させ、1888年に「山葉風琴製造所」を設立しました。これがヤマハのスタートです。1897年には「日本楽器製造株式会社」を設立し、1900年にピアノ製造を開始しました。ピアノ製造で木工技術を身につけたことから、戦時中には木製プロペラ製作を始め、プロペラの実験のためにエンジンを作るようになりました。これが1954年からのオートバイ作りになって、現在のヤマハ
発動機につながっています。
ヤマハは電子オルガンの研究を長く続けて、1959年ついにトランジスタを採用した国産電子オルガンを完成させ、これに「エレクトーン」と命名しました。1979年には小型軽量で多彩な音色を内蔵したポータブルキーボードを発売しました。他にもヤマハ音楽教室などを通して音楽教育の発展に貢献してきています。

8.ファクシミリ誕生の話   2013年1月10日

 ファクシミリの原理を世界で最初に考案したのはイギリスのベインで、それは電話が発明される33年も前のことです。しかしなかなか実用化はされませんでした。 ファクシミリの国産第1号誕生の裏には、日本電気の若き技術者たちの苦闘がありました。1928年昭和天皇即位に当たって行われる御大典の様子を、リアルタイムで全国に報道したいという新聞社の要請によって、国産ファクシミリは誕生しました。
日本の新聞社はまず、ドイツのシーメンス式やフランスのベラン式写真電送機を購入してこれに当たろうと考えました。ところが試験の結果全てうまくいかなかったのです。そこで試しに日本電気の丹羽と小林が開発したNE式実験機を試したところ、写真画像をきれいに送ることができたのでした。そこで日本電気では、天皇即位に間に合わせるべく開発と評価を繰り返しました。結果的には、当日の天皇陛下の写真が京都や伊勢神宮から東京や大阪に送信できたのです。
ちなみに当時のファクシミリ方式は、送信側のドラムに巻いた写真の濃淡を光学的に走査して読み取り、信号を回線に送って、受信側ではドラムに巻いた印画紙に信号に応じた光を当てて画像を感光させるというものでした。つまり銀塩写真技術を用いたアナログ方式といえます。

7.iPS細胞   2013年1月7日

山中教授のノーベル賞受賞が決まって一躍有名になったiPS細胞は、正式には人工多能性幹細胞(induced Pluripotent Stem cell)といいます。
もともと全ての細胞になれる究極の多能性(万能性)を持った細胞としては受精卵があります。人の体にある200種以上60兆個の細胞は、このたった1個の受精卵がどんどん分裂をしてできたものです。受精卵は分裂を繰り返すうちに、ある細胞は神経に、ある細胞は血液に、ある細胞は筋肉に、と大きなグループごとに分かれていきます。そして各細胞はいったん役割が決まってしまえば、いろんな細胞に変化する力はなくなってしまうのです。
ところが、皮膚の細胞にいくつかの遺伝子(4個)を放り込んだら、まるで受精卵の中にある細胞とそっくりの多能性を有する細胞ができてしまいました。これがiPS細胞です。マウスではこのiPS細胞から精子や卵子もできています。iPS細胞から神経や臓器などを作り出すことで、再生医療に大きな道が開ける可能性があるので期待されています。ところでiPSと名付けたのは山中教授ですが、先頭のiが小文字なのはiPADを真似たのだとか。

6.4Kテレビ   2013年1月3日

 従来のアナログテレビでは走査線数は525本でしたが、テレビがデジタル化されてその画質は大きく向上しました。現行のフルハイビジョン方式は、横方向に約2000個、縦方向に約1000個の画素(正確には1920×1080)を並べた画面で映像を表示しています。
次に話題になっているのが4Kテレビというもので、従来の4倍の解像度を持つ次世代テレビです。4Kテレビでは横方向約4000個、縦方向約2000個の画素で表示しますので4倍になります。映画館で使われる最新鋭デジタルプロジェクターと同じ画質を楽しめるといいます。
実は東芝は2011年12月に55型の4Kテレビを発売しましたが、その実勢価格は70万円と高く対応する映像ソフトが存在しないため、従来のソフトを画像処理によって高精細に変換する機能を使うしかなくあまり台数は出ていません。
ソニーと東芝が4Kテレビの84型を発売すると発表し、韓国のLG電子も売り出すと発表して市場の活性化が期待されるようになりました。大画面になるほど画像が粗くなるという現状に不満を持つユーザーの声に応えようというものです。ソニーは2012年11月に168万円で売り出すと発表、東芝も2013年春に発売すると発表しました。ただそれでも対応する映像ソフトができていないという問題が残るので、内蔵する画像処理によってデジタル処理で高精細化した画像を楽しむことになります。

5.羽根の無い扇風機   2012年12月27日

ダイソン社が開発した「エアマルチプライヤー」は、羽根のない扇風機です。とぎれがなくより自然に近い送風ができるといいます。その特徴は羽根がないので安全安心、手入れや清掃が簡単、風量の微調整が可能などです。何よりも従来にない画期的な扇風機であることに驚きます。
下部構造内部に、ブラシレスDCモーターと羽根車(インペラー)を持ち、下部の吸気口から吸い込まれた空気が上部のリング状構造内に送られ、リング状にぐるりと取り囲んで形成された幅1.3mmの開口部から高速で吹き出すのです。この高速気流が周囲の空気と背後の空気を巻き込んで、リング内を通って前方に送り出される空気流を生み出すという原理です。リング状構造の断面は流体力学で設計されて飛行機の翼に似ています。インペラーはジェットエンジン用空気圧縮機の技術を応用しているそうです。

4.ファスナーとYKK   2012年12月25日

今やあらゆるものの開閉部に使われているファスナー(スライドファスナー)では、日本のYKKが世界一の市場占有を誇っています。その高品質と全世界への供給体制が認められています。しかし最近では中国製が増加しているといいます。スライドファスナーは、1891年にアメリカのジャドソンが靴ヒモを結ぶ面倒さを解消しようとして開発したとされます。ジッパーやチャックと呼ばれることもあります。
YKK創業者の吉田忠雄は1908年に富山県で生まれ、1934年にサンエス商会を設立してファスナーの加工・販売を開始しました。その当時は女工の人たちが手作業で務歯(むし)を植えつけていたのですが、吉田は1950年に日本で初めてアメリカから高速自動植え付け機を購入しました。その速度は1分間に1200個もの務歯を植え付けることができたので驚いたといいます。

吉田は自社一貫生産をものづくりの根幹とすることを決意し、各種ファスナー専用機を自社製造することにしました。そしてアルミ合金の製造から最終製品までを自社で一貫してやれるようにしたのです。アルミ建材事業へも進出してアルミサッシメーカーとしても有名です。なおYKKは株式を一切上場していません。

3.シェールガス   2012年12月20日

最近「シェールガス」や「シェールオイル」ということばを聞くようになっています。

前者は地下にある「頁岩(シェール)」と呼ばれる硬い泥岩の中に閉じ込められている天然ガスのことであり、後者は同じく「頁岩」の中に閉じ込められている石油のことです。

その存在は以前から知られていましたが、取り出すためのコストで採算がとれなかったのです。しかし中東オイルの価格アップと新しい採掘技術の開発によって、現実的なものになりました。

今では米国やカナダで盛んに採掘されるようになりましたが、その方法は大量の水を強い水圧で注入して岩盤に亀裂を作りガスやオイルをしみ出させるというものです。その深さは地価3000mにもなるので大変ですが、米国の採掘可能埋蔵量は332億バレルもあるといいます。米国は中東への石油依存をなくする方向で各国にシェールガスとシェールオイルの採掘技術を広げようとしています。

日本でも秋田でシェールオイルが確認されていますが、商業生産は期待できません。 日本ではむしろ海底資源としてのメタンハイドレードが期待されていますが、こちらも技術的にはまだまだの状態です。

 

 

1.地熱発電   2012年12月20日

再生可能エネルギーとして「地熱発電」は実は大きな可能性を秘めています。地中奥深くには膨大な熱が蓄えられています。地中30~270キロの深さでは現在も約1000度の温度があると考えられています。こうした地下の高温エネルギーを使って電気を作るのが地熱発電です。深さ数キロにあるマグマだまりによって熱せられた地下水がたまっている地層まで井戸を掘り、そこから噴出してくる蒸気でタービンを回して発電します。
地熱発電の歴史は古く、1904年にはイタリアが世界で初めて発電に成功しました。日本では1925年に別府で発電をしたのが最初です。現在国内で最も大きいのは大分県の八丁原発電所で、11.2万kWの発電をしています。世界的には伸び続けている地熱発電ですが日本では伸びていません。その理由は、適地の多くが国立公園の中にあり開発ができないこと、地元には温泉の枯渇という不安があり反対があることなどが挙げられています。
しかし地熱発電は、
(1)石油やウランといった燃料がいらない
(2)太陽光や風力のように天候の影響を受けない
(3)枯れる心配もまずない
(4)二酸化炭素を発生しないので環境にやさしい、
といった特徴があり、世界的には今後も伸びるといわれます。
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