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42.ティッシュペーパー   2013年6月12日

 ティッシュペーパーは、アメリカの日用品メーカーであるキンバリークラーク社が、第一次世界大戦時に綿の代用品を紙から作れないかという軍からの要請を受けて開発したもので、最初は防毒マスクのフィルターに使われたそうです。
  1924年に同社がこれを紙製の箱に入れて「クリネックス」の商品名で売り出しました。1921年には「ポップアップ式」を採用した結果、大幅に売り上げ を増大しました。日本では1964年に日米合弁の山陽スコット社が商品名「スコッティー」を、そして十条キンバリー社が商品名「クリネックス」を相次いで 発売したのが最初です。
 当時は1箱100円と高級品でしたが、その後の拡販や5箱セット販売により普及が加速して価格も下がっていきました。原料は漂白されたパルプであり、最新の抄紙機によって時速120キロもの速度で製造され巻き取られていきます。
 次に2本の巻き取りロールから、互いに表が外側になるように2枚重ねに巻き替えが行われ、その後は専用の大きな装置でスリットされ「くの字」に交互に折り込みがされ、ものすごいスピードで断裁と箱詰めが行われるようになっています。
 トイレットペーパーと違い湿潤紙力増強剤で難水溶性にしてあるので、水に溶けにくい性質があります。

41.巨大水槽のアクリル板   2013年6月10日

 有名な中東ドバイモールの中にある水族館には巨大水槽があり、そこには幅32.88m高さ8.3m厚さ75cm重量245トンの巨大アクリル板が使われています。これは水族館の巨大な窓において世界一ですが、これを製造したのは香川県にある日プラという会社です。
 これができるまでは沖縄美ら海水族館の幅35m奥行27m総水量7500トンという巨大水槽「黒潮の海」が世界一でした。もちろんこれも日プラ製です。日プラの巨大アクリル板製造技術は日本ものづくり大賞内閣総理大臣賞を受賞している優れものです。
 今では世界にある多くの水族館の大水槽は、全てアクリル樹脂製ということです。かつてはガラスが使われましたが、アクリルは耐衝撃性に優れ、比重がガラスの半分で、加熱によって簡単に加工ができるなどの特徴を有し、それを生かせる技術が進んできたことが背景にあります。
 「黒潮の海」ではアクリル板を15枚重ねて接着して60cmの厚さにしているそうです。
 アクリル板は接着面にアクリル樹脂を注入して硬化させる重合接着によって、透明のまま厚さを大にすることができます。
 なお巨大水槽の水量で比較すれば、世界一は米国ジョージア水族館ですが、水槽の窓サイズではドバイ水族館が世界一、沖縄美ら海水族館が2位、ジョージア水族館が3位になるということです。

40.ヘンミ計算尺   2013年6月7日

 先日実家の古い机の中から、私が学生時代に使っていた「計算尺」を発見しました。
 私の大学生時代「電卓」などは見かけることがなく、あっても高価でとても手に入るものではありませんでした。そこで理工系の学生はみんなアナログ式の計算器具である「ヘンミ計算尺」を持っており、それで計算をしていたのです。
 a×b=cが成り立つときlog a+log b=log c。計算尺は、この対数の性質を利用して掛け算や割り算がすみやかにできるように工夫され、比例、平方、立法、三角関数、対数などの計算も可能という便利な器具です。
  構造は「固定尺」「滑り尺」「カーソル」の3つからなるシンプルなものです。1620年にイギリスの天文学者ガンターが対数尺度にコンパスを当てて計算す るガンター尺を発表しました。1633年にこのガンター尺に改良を加えて2本の尺度をスライドさせる形が作られました。これが計算尺の原型とされていま す。 1894年、近藤、広田の両氏が、フランスで購入したマンハイム型計算尺を持ち帰り日本に紹介しました。翌年逸見(へんみ)治郎が製作研究を開始し て、1909年に竹材を使った計算尺を完成させました。「ヘンミ計算尺」の誕生でした。
 しかし1975年に計算尺は製造中止となってしまいました。電卓に駆逐されてしまったのです。今では全く見かけなくなってしまいました。
(東北リコー最後の「1分間で読める話」になります)

39.カラシニコフ銃   2013年5月31日

 1947年、当時ソ連の一兵士だったカラシニコフ氏が最初の自動小銃「AK47」を設計しました。この銃はその後シリーズ化され、さまざまな改良品が製造されて、それらを含めて「カラシニコフ銃」と呼ばれています。
 この銃は50年以上にわたり世界の紛争地域で使われ、現在も各地で使われています。
 その最大の特徴は信頼性が高いことにあり、取り扱いが乱暴でも、多少の泥や砂が入っても、高温地や寒冷地にあっても、部品精度が多少悪く製造されても、問題なく動作するように考慮されています。
 そして製造単価が低いことも特徴です。もちろん命中精度などは劣りますが。簡単に言えばシンプルでアバウトな作りであり、ユニット化されていて分解組み立てが容易です。AK47は1分間に600発以上の速度で連射が可能です。
 旧ソ連、ロシアで直接製造されたのは約7000万丁ですが、他国のライセンス生産分も含めると約1億丁が製造されました。この他に膨大な非正規品が出回り、世界で最も大量に生産された銃とされています。
 ロシアのカラシニコフ銃製造企業が、ロシア軍の注文ストップを受けて昨年倒産し経営再建をはかっている状態にあります。それでも多数の模倣品が世界中の紛争地域で今後も使われるだろうといわれます。なおカラシニコフ氏は93歳で存命ということです。

38.生物模倣   2013年5月29日

 「生物模倣」ということが進められています。自然や生き物のしくみに学び、それをものづくりに生かすということです。長い時間をかけて培われてきた生き物のしくみや形には、きちんとした理由がありそこから学べることは多いのです。
 一般的によく知られたところでは、六角形の筒が並んだような蜂の巣の形状は、軽くて丈夫なハニカム構造として飛行機や各種構造物に利用されています。また水をはじくハスの葉の表面は極めて細かい凹凸構造になっており、これは雨具などの表面に活用されています。
 新幹線(500系)の先頭部はトンネル突入時の空気抵抗を減らす形状になっており、これは高速で水面に突入するカワセミのクチバシ形状を参考に作られているそうです。
 新幹線のパンタグラフから発生する騒音を低減させるためには、羽音をたてずに飛ぶことができるフクロウ羽根先端部のノコギリ歯状羽毛の形状が活用されています。
 カタツムリの殻表面がいつもきれいなのは、その表面にある細かい溝に水がたまるしくみになっていることがわかり、これは雨水が当たることで汚れが落ちる「外壁タイル」に活用されています。
 シャープでは扇風機の羽根やエアコンのファンなどに、または洗濯機や掃除機などにも生物模倣をヒントにした画期的製品を開発商品化しているそうです。
 

37.円周率の話   2013年5月27日

 円周率が3.14であることから、本日3月14日は「円周率の日」また「数学の日」とされています。紀元前2000年頃とされる粘土板から、古代バビロ ニアでは円周率を3+1/7と表現していることがわかっています。円周率は、歴史上古くから人類にとって深い興味の対象だったわけです。
 ご存知の通り、円周率の値は無理数であるため、循環することもなく無限に長い数値が小数点以下に並ぶことになります。17世紀になって無限級数を用いて計算することができるようになり、ニュートンも16桁まで計算で求めました。
  1946年に世界初のコンピューターENIACを用いて、2037桁までの数値が計算されました。これ以降は電子計算機の進歩が後押しします。1958年 に1万桁まで、1967年に50万桁まで、1973年に100万桁まで、1989年に10億桁まで求められました。2002年に1兆桁を超えて2009年 には2兆桁を超えました。
 ところでスーパーコンピューターまで使って、これほどの数値を求めてどんな意味があるのだろうと思いませんか?実はこの数字列は乱数として高いレベルにあることが知られ、乱数に利用されているそうです。
 それでもやはり結局は、円周率の値は数学者の夢なのかもしれません。

36.温度の話   2013年5月23日

 温度が高いということは物質の分子運動が激しいことを示しています。正確に言えば温度が高いほうが速度(運動エネルギー)の大きな分子の存在確率が多く なると言うことであり、統計学の考え方が入るようです。温度が高いところから温度が低いところへ熱が移動して、同じ温度になったらそこで平衡状態になりま す。
 1742年にセルシウスは、1気圧下で水の凝固点を0、水の沸点を100としてこの間を100等分する温度t(単位℃)を定めました。通常私たちが「温度」として使っているのは、こちらですね。
 1848年にケルビンは、物質の特性に依存しない絶対温度T(単位K)を提示しました。
 ここでT=t+273.15とされます。温度には下限が存在することがわかっており、それが「絶対零度」です。これは物体の熱運動が最小になる(ゼロではない)温度とされています。一方、温度に上限があるかどうかは明らかになっていません。
  この宇宙に自然にある最低温度は約2.7Kで、南極の極寒は約180Kだそうです。しかし人類の最新技術では、100億分の数Kという絶対零度に近い温度 を作出せるといいます。一方、太陽の中心部は約1500万Kですが、人類が人工的に作り出した最高温度は約4兆Kだそうです。人類の力は驚きです。

35.音楽の記録と再生技術   2013年5月21日

 歴史的に見て音楽を記録・再生する技術のスタートはオルゴールであったと思いま す。最初はシリンダー式オルゴールでスタートしましたが、やがてディスク型オル ゴールが登場して、ディスクの交換によっていろいろな音楽を楽しめるようになり ました。
  オルゴールからさらに発展したものが、自動演奏装置です。これはいろいろな楽器 を、記録紙に設けられた孔に合わせて自動演奏するという大掛かりな装置です。 1857年フランスのスコットが、回転するシリンダー表面に音の振動を記録すること に成功しました。そして1877年になってついに、エジソンが実用的なシリンダー式 のレコードを発明します。これが「フォノグラフ」です。
  1887年にベルリーナが円盤レコードを発明しました。まさにオルゴールと同じ流れですね。円盤レコードは大量生産が可能なことから、レコード(SPレ コード)と蓄音機が広く普及することになりました。1948年には大盤のLPレコードも登場します。日本では1959年からレコード大賞が始まりました が、今ではこの名称も時代に合わなくなりました。
レコード盤もレコードプレーヤーもすっかり過去のものになってしまいました。それは1980年代から進んだデジタル化によって、1982年にコンパクト ディスクCDが発売されたことに端を発します。そして1988年には、CDの売り上げがレコード売り上げを追い抜きました。今では音楽はデータ圧縮されて インターネットで配信されるまでになっています。

34.ミシン   2013年5月16日

 昔ならどこの家にも必ず1台はあったミシンですが、最近はあまり見かけなくなりました。今は自宅で衣類を縫ったり補修することもなくなったのでしょう。私の実家には今も、母が使っていた古い足踏み式のミシンが残されています。
 日本に商業ベースでミシンがもたらされたのは1868年です。それは手回しはずみ車方式の輸入品でした。次に足踏み式ができました。これは足踏み板の上下運動をクランクを介してホイールの回転に変換する方式で、両手が使えるという優れものでした。
 1901年にアメリカのシンガー社が日本に進出して市場を拡大し、やがて市場を独占しました。1921年に日本でパイン裁縫機械製作所が創業して、そこの小瀬は市場シェア80%のシンガー社に国産で挑戦することを誓います。
 努力の結果、小瀬はついに1929年に家庭用標準型で初の国産ミシンを開発しました。しかし販売は容易ではありませんでした。この会社が後の「蛇の目ミシン工業」です。蛇の目は1979年には世界初のマイコン制御ミシンを発売し、多彩な刺繍機能を搭載しました。
 現在家庭用ミシンでシェア世界一を誇るのはこの「蛇の目ミシン工業」であり、工業用ミシンでシェア世界一は日本のJUKIですから、日本の精密機械技術がミシンでは世界一になっているといえます。

33.窓ガラス   2013年5月13日

 人類が最初にガラスを使ったのは非常に古く、紀元前3000年頃のメソポタミア文明やエジプト文明とされています。そして古代ローマ時代には窓ガラスも使われていました。
 日本で初めて住宅に窓ガラスを使ったのは、江戸時代に伊達政宗の孫の伊達綱宗の江戸屋敷とされており、もちろん輸入品でした。明治時代になって多数の建築物で窓ガラスが必要とされましたが、ほとんどは輸入品でした。国産化に挑戦して何度も失敗しています。
 当時の製造法は「手吹き円筒法」というもので息を吹いて円筒形のガラスを作りこれを縦に割って平らに広げるというものでした。大変手間と費用がかかる方法でした。そういえば古い建築物を見学すると、その窓ガラスはゆがんでいるのがわかります。
 1964年にイギリスで画期的な板ガラスの製造方法が発明されました。それが「フロート法」と呼ばれるもので、現在もほとんど全ての板ガラスはこの方法によって製造されています。この方法で、初めて平らでゆがみのない窓ガラスの製造が可能になったのです。
 「フロート法」は、溶かしたガラス素地を溶融スズの上に浮かべることで重力を利用して平滑な板ガラスを製造するものです。徐々に冷やしながら成形していきますが、その製造ラインは幅4mのガラス板を長さ200m以上もかけて徐冷するものです。