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621.グリーンランド   2020年7月1日

 米国トランプ大統領が買いたいといった「グリーンランド」であるが、まさかデンマークの自治領だとは知らなかった。むしろアイスランドに近い。グリーンランドは北極圏にあり面積は日本の約6倍、世界最大の島である。8割以上が氷におおわれ、人が住めるのは海沿いの一部だけ。人口は5万6000人。その都市ヌークで最も暖かい7月でさえ、過去30年間の平均最高気温は10℃というから、やはり寒いところだ。。9割はイヌイットと呼ばれる先住民系の人たちで、漁業や狩猟で生計をたてている。1721年にデンマークの宣教師が訪れてから、200年以上もその植民地とされた。1979年に自治政府ができている。言語はデンマーク語の他にグリーンランド語が使われるという。そういえば、アメリカのアラスカはかつてロシアの植民地であったが、アメリカがロシアから購入したという歴史がある。

620.複合機ビジネス   2020年7月1日

 オフィスに欠かせない存在の「複合機」は、コピーやファックス、スキャナなどの機能を持つが、従来の「オフィスの一機器」という存在ではなくなっている。各メーカーは「ハード」で稼ぎにくくなり、「ソフト」でオフィスの事務作業を効率化させるサービスの提供を進めている。複合機と連携する各種のソフト開発も進められている。この複合機は日本勢が世界で多くのシェアを握る数少ない十八番の一つである。リコー、キヤノン、富士ゼロックス、コニカミノルタなど。複合機の事業は、本体代で1割、用紙やトナーなどの消耗品で9割を稼ぐというビジネスである。消耗品や本体サービスで息長く稼ぐ。国内や欧米のA3複合機ではそのビジネスがまだ残っているが、アジア地域では安価な本体が人気で、純正品の半額以下という非純正消耗品が広く流通しており、消耗品ビジネスが成立しない。同様の消耗品ビジネスのものが、インクが高いという不満が多いインクジェットプリンターである。

619.カセットコンロ   2020年6月30日

 夏場は出番が少ないが、冬には居酒屋などの鍋料理に欠かせないのがカセットコンロである。料理用のコンロを台所以外の場所に簡単に移動できるという優れた特徴をもつ。岩谷産業が日本初のカセットコンロを1969年に発売してから50年になる。創業者の岩谷直治氏が、「コンロにつなぐホースをなくそう」と開発に乗り出した。欧州で登山者が使っていたアウトドア用ガスバーナーをヒントにし、ボンベは缶入りの殺虫剤をヒントに小型化した。商品の改良が進んだ結果、現行品は初期に比べて火力が2.3倍で重さは半分以下になった。値段も当時とほぼ同じ3500円程度。カセットコンロの国内市場規模は2018年度で約306万台、災害時の備え需要も大きい。岩谷のシェアは8割に及ぶ。そういえば東日本大震災のときには長期間ガスが使えなくなり、私もホームセンターに並んでカセットコンロとボンベを購入し、それを使ったものである。かなり余分にボンベを買ったので今も残っている。災害が起こるたびに需要が大きくなるという。

618.トヨタグループ   2020年6月29日

 名古屋にあるトヨタ産業技術記念館に行ったことがある。ガイドさんの説明を聞きながら回って勉強させていただいた。誰もが知っているように、日本の発明王「豊田佐吉」が自動織機の開発に日夜努力し、改良に改良を重ねて大正13年に完成させたのが「G型織機」である。このG型織機に搭載された技術の特許をイギリスのプラット社に売ることで、豊田自動織機製作所は大きな収入を得た。その資金を使って豊田喜一郎が自動車の開発を始める。昭和8年社内に自動車部をつくる。しかしクルマ作りは困難な試練の連続だった。国からの要請もあって最初に始めたのはトラックの生産だった。昭和12年にはトヨタ自動車工業を設立する。さらに自動車作りに必要な製鋼事業(現:愛知製鋼)と、工作機械事業(現:豊田工機)にも進出する。そして戦争に突入して軍需工場になる。終戦後はGHQにより自動車生産は禁止された。昭和21年電装部門を分離独立させて日本電装(現:デンソー)が誕生する。昭和24年になって乗用車生産が許可される。昭和27年、自動車事業を強く進めてきた喜一郎が亡くなる。昭和30年、喜一郎が国産技術での開発を指示してきた「トヨペットクラウン」が発売された。2019.9.4

617.エチオピアがナイル川上流に巨大ダム   2020年6月28日

 エチオピアは近年、年10%前後の経済成長を遂げており、国内総生産もこの20年で11倍になった。だが電力は不足しており送電線などの整備も途上にある。電力インフラの拡充は欠かせない。そこでアフリカ最大級となるダムの建設がナイル川上流で進められている。青ナイルのスーダンとの国境近い山間部だ。ダムの規模はけた違いだ。総貯水容量は740億立方メートルで世界7位、日本最大徳山ダムの100倍以上だ。発電能力は16基の発電タービンで合計6000メガワット。総工費は日本円で4000億円。メインのダムは全長1800メートル高さ155メートル。ナイル川は上流のスーダンで青ナイルと白ナイルに分かれる。青ナイルはエチオピアを源にし、白ナイルは南スーダンを通りウガンダを源にする。青ナイル川の流量が8割を占めるという。下流域エジプトは、エチオピアによって青ナイル川に「蛇口」を取り付けられた形になる。ナイル川と言えば有名なのが1970年に完成した巨大なアスワンハイダムであるが。

616.原稿用紙   2020年6月27日

 京都の黄ばく宗大本山萬福寺の収蔵庫には、棚にずらりと黒い板が並ぶ。その数6万枚、これらは全てお経の版木である。今もその版木を用いて大般若経の木版印刷が行われている。これらの版木は、300年以上前の江戸時代に鉄眼禅師が製作したという。印刷されたお経は、つなげられて経本となり法要などで使われる。この木版印刷お経が、実は「原稿用紙」の原型である。20字10行を左右2面にした書式のお経は、かつて大量に印刷されて全国のお寺に普及した。明治に入り尾崎紅葉が、この20字10行を左右2面にしたマス目を入れた原稿の用紙を文房具店に注文した。同じ用紙は夏目漱石や石川啄木ら多くの文豪も使用し、世に広まって小中学校で作文用の原稿用紙となった。現在の原稿用紙には中央の空間上下にマークがある。本来ここにはお経の題名とページ数を書いたその名残である。こうした原稿用紙を現代の作家たちは用いないだろう。最近あまり見かけないが今も学校の作文では使っているのだろうか。

615. 「金魚」の話   2020年6月26日

 夏祭りなどの屋台では金魚すくいが見られる。「金魚」は人がつくった魚である。金魚の先祖は、中国で千数百年前に見つかった突然変異の赤いフナであるとされる。新たな特徴をつくるための交配の繰り返しや突然変異の固定化によって、多様な品種が生み出されてきた。1回の産卵で数百から数千個の卵を産むが、人間が厳しく選別することで品種の特徴を維持している。フナに戻ろうとする性質を持つからである。日本には約500年前の室町時代に中国から、大阪堺に金魚が伝わったのが最初とされる。産地として有名なのが奈良県大和郡山市である。だが娯楽の多様化や少子化で金魚離れが進んでいる。金魚すくいでおなじみなのは、日本に伝わった最初とされる「和金」である。長い尾びれが印象的な「琉金」は江戸時代に中国から琉球経由で伝わった。頭部に肉こぶをもつのが「ランチュウ」。新しい品種を生み出そうとしている愛好家も多いらしい。実は我が家にも10年くらい前に20円くらいで買った金魚がいて大きくなってしまった。2019.8.28

614. 奇跡の稲「ネリカ」   2020年6月25日

 アフリカの人口が急激に増え続けている。約13億人。だが人口増に食糧生産は追いついていない。食糧の増産は喫緊の課題である。その切り札として期待されているのが「コメ」だ。特にネリカNERICAと呼ばれるアフリカのための新しいコメは、アフリカで生産が伸びている。日本が技術支援などを主導してアフリカ各地で普及が進む。ネリカは、高温と乾燥に耐えるアフリカ種と、収穫に優れるアジア種のいいとこどりを狙って開発された。1999年にネリカの陸稲7品種が公開された。これは食糧不足に悩むアフリカにとって農業革命をもたらす奇跡のコメと期待される。ミスターネリカと呼ばれる日本人坪井さんらが栽培の指導にあたっている。種まきから100日程度で収穫できる。現在1ヘクタールあたりの平均収量は2.1トンだが、本来の力は4~6トンの収穫が可能という。

613. 「日本そば」の話   2020年6月24日

 江戸初期の「そば」は「そばがき」という団子状のものだった。麺状のそばが食べられるようになったのは江戸中期からである。ただ、そばの麺は切れやすかったため、ゆでるのではなく蒸すことにして、蒸したときのセイロの状態で客に出すことにした。その習慣が今に残りそばはセイロで出される。現在の目的はむしろ水切りにあるが。そば生地を延ばしてから大きな包丁で一定の幅に切っていくが、どうして高さのある大きな包丁が必要なのか?実はそば切りの際には左手で小間板というのを抑えて、包丁のガイドにしている。切った直後に包丁を倒してやることで小間板を一定量ずらすのであるが、そのためには包丁に高さが必要ということだ。そばは一人前の量が少ない。江戸時代後期主流だったのが、小麦粉2割そば粉8割の「二八そば」である。この二八にかけてそばの値段は十八文と決まっていた。この値段は100年間変わらなかったという。しかし物価の上昇によって困ったそば屋は、値段を変えるのではなくそばの量を減らしたのである。

612. QRコード25年   2020年6月23日

 ものづくりの現場や電子チケットクーポン等に使われる「QRコード」が、誕生から25年を迎えた。スマートフォンの普及で用途が広がっている。「QRコード」とは、白黒のモザイク模様で情報を表す四角いコードのことである。360度どの方向からでも読み取れ、汚れにも強い。3隅の四角い切り出しシンボル(位置検出等)が特徴的である。QRとはクイックレスポンスの略。1994年に自動車部品等を開発製造する「デンソー」の開発部門が、自社工場の生産管理用に開発した。それまでのバーコードは20字程度しか記録できないが、QRコードは縦横二次元なので情報量が増加する。数字なら最大7000字を収納できる。デンソーは規格をオープンにしたので、国内外で広く使われるようになった。昨今は現金を使わないキャッシュレス決済の手段として注目される。店頭に掲示されたQRコードをスマホで読み込むなどで支払う仕組みだ。現在日本で販売されているカメラ付き携帯電話のほとんどが、QRコード読み取りに対応している。