佐藤光雄(技術士:機械、宮城県)
« 1 2 (3) 4 5 6 ... 21 »
 2018/02/25 (102 ヒット)

 世界中に大ブームを巻き起こした「ルービックキューブ」は懐かしい。日本でも昭和55年に発売され、1980円と当時にしては高価だったにもかかわらず、10か月で350万個を売り上げた。カラフルなキューブをカチャカチャ鳴らしながら、一心不乱に回転させている姿は、当時の学校や家庭や会社などでよく見られた光景だった。ルービックキューブは、26個のサブキューブが6面体を構成し、ひとつの面に対して縦横上下の3方向に自由に回転できる立体パズルである。各面が赤、青、白、オレンジ、黄、緑と色分けされ、これを6面ともそろえられたら完成となる。しかし単純なのになかなか完成できない。ルービックキューブを考案したのはハンガリーの発明家建築家であるエルノールービック氏である。33歳で考案した。現在もいろいろな発展形が販売されている。


 2018/02/20 (114 ヒット)

 人の腸内には、1000種類以上の腸内細菌が約500兆~1000兆個も存在し、その重さは約1.5キロにもなる。これらの細菌は、病気を防ぐ働きもしている。アトピー性皮膚炎、花粉症、小麦アレルギー、1型糖尿病など、人の免疫系にかかわる病気や胃腸疾患が急増している。これらは21世紀病といわれる。実は抗生物質や抗菌剤などの過度な使用によって、腸内の共生細菌が減ったりバランスをくずしたりすることも、その原因であることがわかってきた。現代人は共生細菌をも悪者扱いして、過度な清潔を求めすぎてきた。赤ちゃんは胎児の間は無菌状態だが、産道を通るときに最近のシャワーを浴びる。そして母乳保育は赤ちゃんに微生物との健全な関係を構築させ、正常な免疫系を発達させるために重要なのだ。細菌たちとの共生は、人間の健康を保つための手段のひとつだ。


 2018/02/14 (119 ヒット)

 アドリア海に浮かぶ水の都「ヴェネツィア」は、「水の都ベニス」とも呼ばれ、かつては海上交通で栄えて1000年も栄えたひとつの国であった。今は世界中からたくさんの観光客が訪れる。全長3キロの運河を中心にして、無数の小さい運河が網の目のように広がっている。「ヴェネツィア」は120の小さな島からなり、それらを483の橋がつないでいる。大小150もの運河を使った交通手段はゴンドラである。アドリア海の海岸に川が運んだ土砂によって、「ラグーナ」と呼ばれる潟がつくられ、そこに侵略を逃れた人々が5世紀頃に住むようになった。水深は平均1.5mでところどころに湿地がある。このラグーナに長さ10mもの丸太の杭を大量に打ち込んで、その上に建物そして街がつくられた。サンマルコ広場のシンボルは高さ98mにもなる鐘楼であるが、これは1902年に突然崩壊した。原因は軟弱地盤にあった。「ヴェネツィア」は今も洪水や地盤沈下に悩む。周辺では湿地や干潟が消失しつつある。


 2018/02/11 (117 ヒット)

 乾麺では、歴史的には「そうめん」が古く中国の「索餅(さくへい)」が起源とされ、奈良時代に日本に伝わった。小麦粉と米粉を練って縄のようにねじったものだった。やがて小麦粉に塩と水を加えて練り、手で延ばす現在の形になった。室町時代になって「そうめん」と呼ばれ始めた。「ひやむぎ」の起源は室町時代の「切り麦」で、小麦粉を練って延ばし包丁で切ってつくった。冷やしたものを「ひやむぎ」と呼んだ。製法や太さは「そば」に近く、江戸時代に広まった。小麦粉が原料の国内産乾麺に占めるシェアでは、「ひやむぎ」17%、「そうめん」50%と、明らかに「そうめん」が多い。ちなみに宮城県の「うーめん」は長さが9センチと短いそうめんである。JASでは、太さの直径1.3ミリ未満が「そうめん」、1.3ミリ以上1.7ミリ未満が「ひやむぎ」、1.7ミリ以上が「うどん」となっている。有名な「そうめん」としては、兵庫県の「揖保乃糸」や奈良県の「三輪そうめん」がある。


 2018/02/08 (109 ヒット)

 外国人居留地があった横浜で明治5年に発行された料理書に、カレーのレシピが載っていてこれが日本にカレーが伝わった最初とされる。旧陸海軍でカレーが食事に採用され、軍隊でたくさんの人がその味を知り作り方を教わった。その人たちが退役して全国各地に戻り、家庭でもカレーを作るようになって国民食のカレーに育っていった。明治時代にはカレーうどんも誕生し、昭和初期にカレーパンも登場する。1950年代に現在のような板状カレールーが登場して、1960年代には粉末のカレー粉ではなく固形ルーが一般的になった。1968年に大塚食品が世界で初めてレトルトパウチに詰められたカレー「ボンカレー」を発売した。今では各地でご当地レトルトカレーが販売され人気になっている。カレー料理では、大阪から西ではジャガイモはメークイン、牛肉を使いラッキョウを添える。一方名古屋から東ではジャガイモは男爵イモ、豚肉を使い福神漬けを添えるといった地域差がある。


 2018/02/04 (131 ヒット)

 5億4100万年前から現在までは、「古生代」「中生代」「新生代」の3つに分けられる。中生代は、三畳紀、ジュラ紀、白亜紀から成り、爬虫類、恐竜、鳥類の時代とされる。三畳紀に爬虫類の中から恐竜が出現し、白亜紀に小型肉食恐竜から鳥類が進化した。2億年近く続いた中生代は、6600万年前に終わる。この時を境にして恐竜がいなくなったのだ。アンモナイトも絶滅し生態系の過半数の生物が絶滅したのである。その最大の原因は、隕石の衝突とされている。これによって地球環境が激変したことによる。体の大きな生物(特に恐竜など)は生きていけなくなった。6600万年前に、ユカタン半島のあたりに直径10キロと想定される隕石が衝突した。6600万年前に堆積した各地の地層において、イリジウムの含有量が急激に増加していたことがわかっている。イリジウムは普通、隕石などによって地球にもたらされることの多い元素である。1990年代に、ユカタン半島の地下2キロの地中に、直径180キロの巨大クレーターがあることが明らかにされた。


 2018/02/01 (118 ヒット)

 日本のロケット打上げといえば「種子島」である。先日テレビで、その打上げまでをやっていた。種子島の発射場には、愛知県飛島村にある三菱重工の工場から、ロケット主要部分が船で二日間かけて運ばれる。船は種子島の島間港に着き、そこで2台の大型クレーンにより陸揚げされる。コンテナは長さが36メートルもあり、陸揚げ作業だけで2時間を要する。その大きなコンテナは、大型トレーラーに載せられ、夜の10時に出発して陸路を種子島宇宙センターまで18キロ運搬される。なにせ一般道路を走るが超大型のため、その速度は人の歩行速度並みでカーブを曲がるのは大変。ロケットは3つに分割されており、その第一段部分が長さ30mで、これに第二段と先端部分を、大型組立棟で合体する。人工衛星は先端部分のフェアリングに収納される。組立てられたロケットは、直立状態のまま組立棟から出て発射台までの500mを20分かけてゆっくりと移動する。


 2018/01/29 (129 ヒット)

 素数とは、2以上の整数のうち1と自分自身でしか割ることができない数のことである。素数が無限に存在することは、古代ギリシャの数学者ユークリッドによって証明されている。だが素数だけをつくる数式は未だ見つかっていない。スイスの数学者オイラーは、二次式「n2-n+41」を発見したが、nが41以上になると素数以外の数も出てくるので万能ではない。素数の特性を有効利用しているのが、インターネットなどで情報を暗号化する技術である。そこでは「公開鍵」と「秘密鍵」が使われる。公開鍵はmとnの2つの整数からなる。利用者のコンピューターからは暗証番号Zをm乗してnで割ったときの余りXを送信する。悪意を持った第三者がmとnとXを入手しても、そこからZを導き出すのは不可能に近い。そして秘密鍵は2つの大きな素数pとqからなり、p×q=nの関係にある。nがわかってもpとqを導き出すのは不可能に近い。受信側では秘密鍵pとqがわかっていれば、容易に暗証番号Zを計算することができる。


 2018/01/25 (136 ヒット)

 かつて仙台市内にも市電が走っていた。大正15(1926)年、木造4輪の市電が大町1丁目~仙台駅前~荒町間の3.3キロで営業を開始した。初めから市営であった。開業当時の運賃は5銭。その後、長町、八幡町、北仙台などへ延長されていった。仙台市電の最盛期は昭和30年代で、89両もの車両で一日平均10万人を運んだという。しかし路線は一般道路と重なっていたため、モータリゼーションによる道路の混雑から、市電の定時制が保てなくなった。利用者は減少していった。1967年にはワンマン化―を導入。しかし昭和51(1976)年、時代の流れに勝てずに仙台市電はついに幕を閉じた。この仙台市電が秋保電鉄とも接続していた時期がある。秋保電鉄とは、仙台の長町と秋保温泉を結んでいた鉄道であったが、1961年に廃止になっている。なお仙台地下鉄富沢車両基地には「仙台市電保存館」があり、かつてを懐かしむことができる。


 2018/01/22 (132 ヒット)

 アトピーは、肌がかゆくてかきむしってしまう病気である。生後4か月から6歳では12%前後、20~30代でも9%前後の人が苦しんでいる。日本のアトピー患者数は45万6000人。アメリカの患者数は約1400万人とされる。日本で「アトピー」という言葉が登場したのは1962年だが、アトピーの歴史は古く古代ローマ帝国の皇帝が、同じような症状に悩まされていた記録がある。アトピーの原因は、ダニ、ホコリ、気候、食事、ストレス、大気汚染などさまざまであり、発症すると他のアレルギーも現れやすくなる。アトピーを含め、食物アレルギーや花粉症などのアレルギーに悩むのは、今や日本人のほぼ2人に1人である。アレルギーは「文明病」とも言われる。アトピーの原因の一つが乾燥である。都市化で緑が減り、道路は舗装されビルが立ち並ぶと空気は乾燥する。アメリカでは「デュピルマブ」というアトピーの新薬が今春から治療に使われ、効果をあげているらしい。


 2018/01/20 (114 ヒット)

 昔々、人類は最初、自分に足りないものは「物々交換」で補っていた。次に用いられたのは「物品貨幣」である。例えば中国では、希少価値の高い子安貝の貝殻が物品貨幣として使われていた。紀元前7世紀頃現在のトルコにあったリデイアという王国で、世界最古の金属貨幣が誕生した。この硬貨には金と銀の合金が用いられた。銀が豊富なギリシャで紀元前5~6世紀、都市国家ごとに銀貨がつくられた。同時に金融業者が登場する。共和制ローマ時代にもさまざまな金貨や銀貨がつくられた。17世紀のイギリスで、金を預かっていた「金匠」たちが「金匠手形」を発行し、今でいう銀行が誕生する。ストックホルム銀行は、「金匠手形」を発展させて1661年に、ヨーロッパで初めて国家が認めた「紙幣」を発行した。「紙幣」は、金貨や銀貨と異なりそれ自体に価値はない。だが国家が価値を保証し人々がそれを信じることで、貨幣として成立して今に至る。


 2018/01/16 (112 ヒット)

 最近の発掘で、1万2600年前に日本で「うるしの木」があったことがわかった。7200年前には日本各地で漆器がつくられていた。縄文時代には貴重な「赤うるし」も使われている。うるしに混ぜた赤は「べんがら」と「水銀末」の2種であった。飛鳥奈良時代に、大陸から新しい「うるし工芸」の技術が入ってきた。その一つが「螺鈿(らでん)」である。これは貝殻の真珠層を切り取って貼り付ける技術。もう一つは仏像をつくる「乾漆(かんしつ)」という技法である。かの有名な阿修羅像はこの方法でつくられた。平安時代に発展したのが「蒔絵(まきえ)」の技術である。うるしの上に金粉や銀粉を蒔く技法である。こうしたうるしを用いる技術は中国から伝わったが、日本において大きく発展進化した。そうした「うるし製品」はたくさんヨーロッパに輸出され、「JAPAN」と呼ばれた。

 


 2018/01/12 (108 ヒット)

 みなさんは蚊帳(かや)をご存じだろうか。私が子供のころは、夏になると寝室で布団は蚊帳の内部に敷いたものである。蚊帳は、緑色の糸を細かい網目状に編んで作られた四角い室内用テントのようなものである。最近では、蚊も少なくなったが、昔は田舎ではたくさんの蚊がいたものだ。蚊帳は平安時代からあるそうだが、絹や木綿を使った高価なものであった。室町時代には比較的安価な麻糸で作られるようになり、江戸時代になると近江商人が大規模な蚊帳生産を行って、広く使われるようになった。それでも当時の庶民にとってはぜいたく品で、代わりの方法として「蚊遣火」が使われた。カヤの木やスギ、マツなどの葉やヨモギの葉を燃やした煙で蚊を追い払う方法である。我々が使っている「蚊取り線香」が登場するのは、明治20年のことである。そういえば小さいころ、雷が鳴ると蚊帳の中に入ったものである。

 


 2018/01/09 (147 ヒット)

 天然ダイヤモンドは、地球の深部で6万気圧2000℃にもなる高温高圧下において形成されるといわれる。それが地表近くに移動してダイヤモンドを含む砂れきが流出堆積したのがダイヤモンド鉱床である。歴史的にはインドで古くから採掘された。ダイヤモンドは、カット研磨されることでその輝きを増す。15世紀にはヨーロッパでダイヤモンドのカットが行われていた。17世紀には24の三角形の面が組み合わされる「ローズカット」が誕生する。1919年ベルギーのマーセルにより、光学的に計算され最もダイヤモンドが輝くカットが発表された。それは角度もすべて正確に計算された58面体の「ブリリアンカット」となった。現在主流のカットは「ラウンドブリリアンカット」である。他に「オーバルブリリアンカット」などもある。カット作業は、ダイヤモンド粉末を表面に塗布した円盤を回転させて、そこにダイヤモンド原石を正確に押し付けることで行われる。

 


 2018/01/05 (147 ヒット)

 御朱印とは、神社や寺院などが日付などを墨書し朱で印を押した紙などである。元々は写経を寺などに奉納した際に証明として渡されたものという。現在は参拝の記念に入手して収集する人も増えており、若い女性の間でも人気で「御朱印ガール」が登場している。この御朱印が人気になったのは約10年前。手描きの墨書と朱色の印はアート性が高く一つ一つが異なることもその理由だが、300円ほどで入手できるのも人気が高い理由である。そしてさまざまな御朱印帳も販売されている。私が京都に行ったときも、寺院では御朱印をいただく人の列を目にした。しかしこの御朱印がインターネットのオークションサイトで転売されるケースが増えて問題視されている。あるオークションサイトでの御朱印出品数は1500件にものぼる。高額なものは10万円で売りに出される。

 


 2018/01/02 (148 ヒット)

 夏休みになると、朝6時半に全国の広場や公園などでラジオ体操の和ができる。ラジオ体操はまさに夏休みの風物詩である。ラジオ体操の歴史は古い。昭和天皇の即位の大礼に合わせて、1928年に始まった。最初は「国民保健体操」の名称だった。戦時中には「国民精神総動員」の号令で、国威発揚に使われた。そのため戦後占領当局は、「30万人を一斉に動かす軍国日本の活動」として廃止を迫った。しかし内容を一新することで再開された。現在の「ラジオ体操第1」は、1951年に制定されたもので66年の歴史がある。体操は13科目からなり、作曲は服部正。現在の「ラジオ体操第2」はその翌年に制定され、作曲は團伊玖磨。これは職場向けに制定されたという。1953年には巡回ラジオ体操会も始まった。他に「ラジオ体操第3」があるらしいが、あまり知られていない。子どものころは夏休みラジオ体操に参加してスタンプをもらうのが必須だったと思う。


 2017/12/29 (151 ヒット)

 奈良時代初期の風土記に「握飯(にぎりいい)」の記述があり、日本人にとって「おにぎり」は古い歴史をもつ。鎌倉時代には梅干し入りのおにぎりが一般化し、江戸時代になって海苔巻きおにぎりが生まれる。明治18年に宇都宮で日本初の駅弁が販売されたが、その中身は梅干し入りおにぎり2個とたくあんであった。年間売上高4兆5000億円の日本最大のコンビニであるセブンイレブンでは、おにぎりが一日に575万個も売れるという。今やおにぎりはお母さんの手作りではなく、コンビニで買うものになった。セブンイレブンでの売り上げ順位は、1位ツナマヨネーズ、2位紅しゃけ、3位紀州南高梅という。おにぎりの海苔には無数の小さな穴があいていて、パリッとした食感を生んでいるらしい。三角形のものは「おむすび」でそれ以外は「おにぎり」という説や、海苔がパリパリのものは「おにぎり」でそうでないのが「おむすび」などの説があるが、違いははっきりしない。

 


 2017/12/26 (150 ヒット)

 国内の港などでヒアリが発見されて問題になっている。今年5月に初めて発見された。ヒアリの本来の生息地は南米アマゾンのジャングルである。しかし流通のグローバル化で人間がヒアリを別の地域に運んでしまった。アメリカには20世紀初めから増え始めており、ライバルがいない大陸で増殖を続けている。この小さなヒアリがアメリカ経済に、数千億円の被害を与えているという。オーストラリアでは2001年から増殖している。敵に対しては腹部先端の針を刺して毒を注入する。この針に刺されるとやけどのような痛みを感じるという。在来種アリよりも体は小さいが、攻撃的で在来種には負けることがない。実はアマゾンでは天敵のゾンビバエというのがいて、増殖は抑制されている。洪水になっても自らが集まって「いかだ」を形成し、流されて新たな地で増殖できる。

我々がヒアリを外来種としているが、1億年以上前からこの地球に生息している「ムシ」たちにとって、一番迷惑な外来種は「ヒト」であるといえるだろう。


 2017/12/22 (153 ヒット)

 現在漢字で数字を書くには、普通は「一」「二」「三」……「十」であるが、金額などの場合においては「大字」と呼ばれる「壱」、「弐」、「参」や「拾」を用いることがある。これらは常用漢字表にもある。大事な数字が、線の書き足しによって簡単に変えてしまえることを防止するという理由からである。例えば「一」に横線を足せば「二」や「三」になり、「三」は「五」に変えることができる。実は、「一」「二」「三」以外にも、「伍(ご)」、「陸(ろく)」、「漆(しち)」、「捌(はち)」、「玖(く)」が大字である。例えば一万円札を見ればそこには「壱万円」とあり、二千円札を見れば「弐千円」とある。五千円札は「五千円」だが。


 2017/12/19 (152 ヒット)

 地球上に最初の人類が誕生したのは700~600万年前とされる。東アフリカに生まれた人類の仲間たちは、二本足で立ち、道具を手に入れ、180万年前からアフリカを出てヨーロッパへ向かった。しかしそれらは結局生きのびることができなかった。そして20万年前にやはりアフリカで新しい人類として誕生したのが、「ホモサピエンス」である。彼らは5万年前にアフリカを離れ壮大な旅に出る。シベリアへそしてアラスカからアメリカ大陸へ渡った。こうして彼らが現在の世界人口73億人の源となった。4万5000年前より以前にヨーロッパを支配していたのは「ネアンデルタール人」であった。そこに同時期に入り込んだのがホモサピエンスであり、その結果ネアンデルタール人はホモサピエンスに追われ滅亡したと考えられている。両者の間にはいくつかの違いがあったが、その一つが「脳」であった。ちなみに「ジャワ原人」も「北京原人」も、ホモエレクトスの亜種と考えられており、結果的に滅びてしまい人類の祖先ではない。


« 1 2 (3) 4 5 6 ... 21 »