佐藤光雄(技術士:機械、宮城県)
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 2018/07/01 (40 ヒット)

 雪の季節がやってきた。石川県加賀市には「雪の科学館」がある。人口の雪の結晶を世界で初めてつくった地元出身の物理学者である中谷宇吉郎を紹介する施設である。「雪は天から送られた手紙である」は、宇吉郎の名言として知られる。宇吉郎は東京帝国大学時代に寺田虎彦に教えを受けている。宇吉郎は北海道帝国大学に在任していた1930年代、雪の結晶の顕微鏡写真をチームで3000枚も撮影し、「針状」「角柱」など41種類に分類した。これらはどんな条件で生成されるのかを調べるため、零下50度まで下がる常時低温研究室で、1936年ついに世界で初めて雪の結晶をつくることに成功した。さらに水蒸気量と気温によって結晶の形が変わることを解明して、「中谷ダイヤグラム」を完成させた。著書に「雪」「冬の華」などがある。1962年61歳で死去。


 2018/06/27 (46 ヒット)

 印刷にはその版式によって大きく4つの種類がある。「凸版」「凹版」「平版」「孔版」である。日本の浮世絵などで使われている「木版画」は「凸版印刷」と基本原理は同じである。西欧などに多い「銅版画」は「凹版印刷」と基本原理は同じである。「シルクスクリーン版画」は「孔版印刷」と基本原理は同じである。ところでギャラリーなどで展示販売されている版画には「リトグラフ」が多い。この「リトグラフ」は「平版印刷」と基本原理は同じである。リトグラフの石版印刷方式を編み出したのは、ドイツ人のゼネフェルダーである。彼は1798年ドイツのケルンハイム地方でとれる石灰石を利用して、これに油性インクで描いた原画を水でぬらすことで印刷ができることを発見した。炭酸カルシウムを主成分とするこの石は、表面に無数の微細な孔がある。石の表面に脂肪性絵具で絵を描き、その上に硝酸ゴムを塗ると油性絵の具の部分は脂肪酸カルシウムとなり水をはじく。絵のない部分は親水性だから油性インクをローラーで塗ると、親油性の画像部分だけにインクがのり、水と油の反発によって印刷ができる。現在、新聞、チラシ、カレンダー、書籍類などの印刷に用いられているオフセット印刷の原点は「石版印刷」なのである。


 2018/06/22 (44 ヒット)

 タネ(種)があってこそ米も野菜もとれる。かつては農家が自分で自分の野菜から種をとっていたが、今は違っている。スーパーで売られている国産野菜の種子は、そのほとんどが種苗会社の管理のもと、海外でつくられている。国内産はわずか1~2割とされる。食料自給率よりもタネの自給率の方がずっと低いのである。安全でおいしい野菜を求めて産地に注目する消費者は多くなったが、そのもととなる種子について意識している人はほとんどいない。種苗会社とは、種子を生産し農家に販売する企業である。例えば「サカタのタネ」や「タネのタキイ」などがある。昭和の高度経済成長期に、安定供給を求める時代の流れの中で、各地に古くから伝わる伝統的な野菜は姿を消した。代わりに種苗会社がつくる均質で収量の多い「F1品種」が普及して現在にいたる。だが最近、伝統野菜が再評価されるようになった。石川の加賀野菜や京都の京野菜などである。


 2018/06/19 (44 ヒット)

 秋になると日本の川にはサケがのぼってくる。サケは日本でも昔から食べられていたが、サケが食べるオキアミなどにはアニサキスなどの寄生虫がいるため、日本の食文化では加熱していない生のサケを食べることはなかった。したがって本来、江戸前寿司のネタにはサーモンはない。しかし今では生で食べられる「サーモン」が、寿司や刺身で提供されるようになっている。これは北大西洋にいる「タイセイヨウサケ」である。日本に輸入されるのは、ノルウエー産かチリ産の養殖もので、この養殖ものは人工的な餌を食べさせているので、寄生虫の心配がなく生でも食べられる。この人工の餌にはアスタキサンチンを加えて、身の色がきれいなサーモンピンクになるように調整されているという。こうした海外のサーモンは一年を通じていつでも提供されている。サーモンには北大西洋の「タイセイヨウサケ」と、北米の「ニジマス(トラウトサーモン)」とがある。


 2018/06/16 (46 ヒット)

 テレビ番組で「この差って何ですか?」というのがある。先日は「定規」と「ものさし」の違いは何か?という話があった。「定規」は基本的に線を引くためのもので、「ものさし」は長さを測るためのものという。ただ「定規」にも目盛りがついているからまぎらわしい。三角定規や雲形定規は確かに線を引くための「定規」だ。両者の違いで面白いのは、目盛りのスタート位置である。「ものさし」は目盛りのゼロが端部と一致しているが、「定規」は端部から少し内側に入っている。なるほど。「佃煮」と「甘露煮」の違いは何か?という話もあった。江戸初期大阪の佃島には漁師たちが住んでいて、徳川家康がこの漁師を江戸に招いて海岸に土地を与えて住ませた。この漁師たちは売りにくい小魚を醤油で煮て食べていたが、これが広まって大ヒットし「佃煮」と呼ばれるようになった。一方江戸後期に「フナ」の料理法として醤油煮があったが、砂糖が一般化すると砂糖で甘みをつけた「甘露煮」が広まった。結論は、10センチ未満の小魚の場合は「佃煮」で10センチ以上の魚の場合は「甘露煮」と呼ぶ。現在では両者の味付けはほとんど同じ。


 2018/06/11 (55 ヒット)

 日本の彫刻は仏像を中心に発展してきた。古い順にみれば縄文時代は、土偶や埴輪のように土でつくる彫刻があった。6世紀に仏教が伝わり、銅の仏像が朝鮮半島や中国からやってきた。それを手本に、土でつくった型に溶かした銅を流し込んでつくる(鋳造)ようになった。8世紀の奈良時代に、特殊な方法が生まれた。源流は中国にある。土でつくった型に麻布や和紙を漆で貼ったり、漆と木の粉を混ぜたものを盛り付ける「乾漆」という手法である。奈良興福寺の有名な「阿修羅像」はこの乾漆法でつくられている。鋳造に比べて微妙な表情なども作りこめる。しかしこの方法は高価になるので、平安時代以降は衰退して、木の彫刻が始まった。乾漆には「脱乾漆」と「木芯乾漆」の2つがある。「木彫が一番発達したのが平安時代末から鎌倉時代である。削った水晶を目にはめる方法も行われるようになった。


 2018/06/08 (65 ヒット)

 同姓同名の人が同時に何人集まれるのか?そんなギネス世界記録に挑戦しようと、全国の「田中宏和」さんが、東京都内に集結したという。集まったのは87人。最高齢75歳の田中さんは岐阜から生まれて初めて新幹線に乗ってやってきた。始まりは1994年のドラフト会議で、「近鉄 田中和弘」と、自分と同姓同名の選手が1位指名されたのに驚いた東京の会社員田中和弘さんが、同じ名前の人探しを始めたこと。同姓同名の集まりとしては、12年前に米国で「マーサ・スチュワート」さん164人が集結したのがギネス世界記録である。姓氏研究科の森岡氏の以前の調査によれば、日本で最多の名前は「田中実」さん。明治生命による以前の調査では「佐藤和子」がトップだった。「佐藤光雄」も国内に多数いるようだ。


 2018/06/03 (55 ヒット)

 メンデルの遺伝法則再発見からおよそ半世紀後、アメリカのワトソンとイギリスのクリックによって、ついに遺伝子の構造が明らかにされた。その前にまず遺伝子は、細胞の核の中の染色体に存在することが明らかにされた。この染色体は、主にDNAとヒスタミンなどのタンパク質から構成されている。DNA(デオキシリボ核酸)は二重鎖DNAとして存在して、これは一定の角度で回転するので二重らせん構造をとる。細胞は二つに分裂して増殖するが、新たに生成された細胞は分裂前の細胞と遺伝的に完全に同じになる。二重鎖DNAは相補的な塩基と塩基とが結合しており、この相補的二重鎖構造によって、細胞の完全複製メカニズムが見事に説明されたのだった。この「二重鎖DNA」は、地球上の全生物にとって決定的に重要な存在である。次に遺伝子の実体は、DNAのたった4つのヌクレオチドの配列であることがつきとめられた。4つとはアデニンA、グアニンG、シトシンC、チミンTである。ヒトDNAはおよそ32億の塩基対からなる。


 2018/05/30 (68 ヒット)

 「脳卒中」とは、脳の血管が詰まる「脳梗塞」や、脳の血管が破れて出血する「脳内出血」「クモ膜下出血」など、脳血管障害の総称である。脳卒中による死亡者数は年間10万人を超える。脳卒中の最大の危険因子は「高血圧」と「動脈硬化」である。他にも喫煙や糖尿病なども原因になる。動脈硬化によって血管の柔軟性がなくなりもろくなると、血栓ができやすくなる。この血栓が血管を詰まらせることで脳梗塞が引き起こされる。脳は内側から、「軟膜」「くも膜」「硬膜」という3つの膜に包まれており、軟膜とくも膜の間にある血管の動脈りゅうが破れて出血するのが「クモ膜下出血」である。脳梗塞の治療は、まず薬で血栓を溶解させる方法が使われる。この治療効果は高いが、発症から4.5時間以内にやらないと効果がない。脳卒中の発症危険性を測るには「脳ドック」を受けるとよい。


 2018/05/26 (73 ヒット)

 円周率 は分母と分子が整数の分数で表すことのできない「無理数」である。つまり小数点以下が循環することなく無限に続く数だ。他にも身近な無理数としては√2がある。紀元前3世紀、古代ギリシャのアルキメデスが円周率の値は3と10/71から3と10/70の間にあることを明らかにした。1761年になってドイツの数学者ランベルトが、円周率は無理数であることの証明に成功した。現在ではコンピューターを用いて計算され、2016年にスイスの物理学者によって22兆4591億余の桁数まで求められた。円周率の数字配列の中には、不思議な数列もある。小数点以下2兆4587億余桁の部分には、「99999…」と9が12個並んでいる数列がある。また2兆3641億余桁の部分には、「012345678901」という数列がある。


 2018/05/23 (84 ヒット)

 ダーウィンは進化論で、「生物は時間をかけて少しずつ多様化し進化する」としている。が一方で「私の理論には難点がある、それはカンブリア紀に多くの動物種が突然出現することだ」と述べている。今日の地球には100万を超える動物種がいて、そのほとんどは5億4000万年前の古生代カンブリア紀に、いっせいに出現したとされている。これを「カンブリア爆発」という。カンブリア紀に入ってわずか1000万年の間に進化多様化したのである。カンブリア紀以前の地層からは3つの動物グループ(門)しか発見されていないが、カンブリア紀に入ってからの地層では現在と同じ38門が出現している。特に急速に勢力を拡大したのは節足動物(昆虫、甲虫、甲殻類など)である。脊椎動物の歴史もここから始まっている。カンブリア初期には、硬組織を持つものが出現し、また眼をもつ動物も出現した。これにより生物間競争が激化して多様化大型化したのではと想定されている。


 2018/05/20 (112 ヒット)

 NHKブラタモリで黒部ダムを取り上げていた。富山県北アルプスの山中に黒部第四ダムがある。昭和30年代高度経済成長期における急激な電力需要増大に応えるため、関西電力が建設した。のべ1000万人が工事にかかわり、総工費513億円という巨大事業であった。そもそも黒部峡谷は人の行く手を阻む秘境だった。現在、長野県扇沢からトロリーバスで全長5.4キロのトンネルを通っていくルートがある。このトンネルは元々現場に資材を運ぶために掘られた工事用のものである。映画「黒部の太陽」でこのトンネル工事の苦労が描かれている。最大の難関が破砕帯と呼ばれるエリアで、くずれやすくてしかも大量の地下水があふれ出してくる。それまでは一日に9mの速度で掘り進んできたが、この長さ80mの破砕帯を越えるのに7か月を要したのである。しかし苦労の末のトンネル貫通によって、資材運搬が可能になりようやくダム工事に着手できたのである。発電所はダムから約10キロ下流にあり、その落差545mを確保して発電能力を得ている。


 2018/05/16 (62 ヒット)

 NHKスペシャル「人体」の「腎臓(じんぞう)」を見た。腎臓は「尿をつくっているだけ」と思ったら大間違いだ。腎臓は握りこぶしほどの大きさで2個あるが、その内部は太い血管が密集している。そこから血液を通して各所にメッセージ物質を送り出している。腎臓は体内ネットワークのかなめであり、血液を取り仕切る司令塔である。腎臓には一つだけでも100万個もの「糸球体」があり、これが血液から尿をつくりだすフィルターの役目をしている。糸球体には老廃物を含む血液が供給され、内壁にある無数の微細な孔を通して赤血球以外の液体は尿細管へ送られる。この尿細管にある無数の細かい毛が再吸収血液の成分を最適に調整している。実は糸球体を通る血液の1%だけが老廃物として尿になり、残りの99%は再び再吸収されて血液に戻される。尿細管に接して血管があり、他の臓器からの情報に応じて再吸収で尿細管から血管に送られる血液の成分を最適化している。この腎臓における再吸収システムが、血液内の成分を許容範囲内に維持するようにしている。


 2018/05/13 (73 ヒット)

 テレビを見ていたら「お寺と神社の作法」をやっていた。お寺の入り口にあるのが「山門」、ここをくぐる場合は入り口で一礼をしてから。お寺の本堂へ向かう参道を歩く場合は、どこを歩いてもかまわない。参道に出ている屋台やお店に立ち寄るのは参拝を終えてから。常香炉の煙に触れるのは身を清めるため。お賽銭の役割は「お金を捨てる修行」だという。お寺とはもともと修行の場である。神社の場合は入り口に「鳥居」がある。ここをくぐる場合も入り口で一礼をしてから。鳥居から内側は聖なる神様のエリア。神社の参道を歩く場合には、お寺と違い中央を歩かず端を歩く。正面は正中であり神様の通り道だという。手水舎では水により身を清める。その順序は、ひしゃくで水を汲み(1)左手、(2)右手、(3)左手に受けた水で口を清め、(4)再び左手、(5)そして最後にひしゃくの柄を流す。これらをひしゃく一杯の水で行う。ひしゃくに口をつけるのは厳禁。神社におけるお賽銭の役割は「前回のお願いごとに対するお礼」。参拝はご存知「二拝、二拍手、一礼」であるが、拝の場合はお辞儀の角度は90度。おみくじは基本的に持ち帰る。


 2018/05/09 (68 ヒット)

 NHKテレビ「がってん」から。世界中の人々が昔から困り果ててきたのが「蚊」である。「かゆい」「刺される」だけならまだしも、実は危険生物なのだ。小さい体で病気の元を運び「蚊による感染症」を生む。マラリア、黄熱病、ジカ熱、デング熱など。最も多くの人を死に至らしめた生物ランキングのベスト3は、1位:蚊の100万人、2位:ヒトの50万人、3位:蛇の5万人だそうだ。この小さな蚊を撲滅すべく世界中の科学者が対策を考えてきている。ところで「蚊に刺されやすい人」とそうでない人がいる。お酒を飲んだO型の人が刺されやすいとか、太って汗かきの人が刺されやすいとか言われるが。日本の一人の中学生が、蚊に刺されやすい妹のために一生懸命調査、研究、実験を行って、世界中の科学者を驚かせる大発見をした。蚊は動物が発する二酸化炭素に寄って来る、そしてその蚊を吸血鬼モードにするのが「靴下」にあったことを発見。新しい靴下にはき替えると蚊に刺されにくくなる。だが足のにおいが強いから蚊が寄ってくるのではない。真の原因は「足に住む菌の種類にある」ことを発見した。常在菌の種類が多いと蚊に刺されやすいのだ。蚊に刺されにくくする対策は、(1)足をアルコールでふいてきれいにする、(2)ハッカ油(ハーブやユウカリなども)を皮膚にスプレーする。


 2018/05/03 (58 ヒット)

 その後、電子写真技術の大きな変革が二つあった。一つはカラー化でありもう一つがデジタル化である。1979年にキヤノンが、世界初の半導体レーザーを用いた小型レーザープリンターLBP-10 を発売した。これが現在のデジタル複写機につながる実質的なスタートである。1984年キヤノンは世界初のデジタルレーザー複写機NP9030を発売した。同年富士ゼロックスもデジタル複写機を発売。普及型デジタル複写機(100万円を切る)としては、1987年発売のリコーIMAGIO320が最初である。複写機のデジタル化は状況を一変させる大きな変革であった。デジタル化によって複合機MFP(マルチファンクションコピー)へと進化したのである。コピー、スキャナー、ファックス、プリンターの機能を兼ね備えたのだ。従来スタンドアローンで存在していた複写機が、デジタル化によって多機能複合機になり、拡張性が加わり、ネットワークに接続されるようになって、オフィスにおける中核機として認識されるに至った。例えばコンビニに設置されているコピー機は、もはやコピー機ではなくなって、ファックス送信やスマホからの写真プリントやチケットの購入や公共機関の証明書発行など多様な機能を有している。複写機のカラー化もデジタル化があってこそ実現したのである。


 2018/05/01 (75 ヒット)

 現在一般に「コピー機」といっているのは、電子写真技術を用いたデジタル式普通紙複写機のことである。デジタル化される前はアナログ複写機であった。アメリカのチェスター・カールソンは、新しい複写法を求めて実験を開始し、4年目の1937年に「エレクトロフォトグラフィー(電子写真)」の特許を出願した。このカールソンの特許には、基本的に現在とあまり変わらない作像プロセスが記載されているからすばらしい。米ハロイド社がカールソンを支援し、1950年に世界初の電子写真複写機を発売。1959年には世界初の事務用普通紙複写機Xerox914を開発した。この方式をゼログラフィーと命名し、1961年ハロイド社はゼロックスコーポレーションに社名を変更した。ゼロックス社の誕生である。1962年に英国ランクゼロックス社と日本の富士写真フィルム社が合弁で富士ゼロックス社を設立した。ゼロックス社の電子写真特許実施権は、富士ゼロックス社のみが得るということになった。これらは、他社が同様の普通紙静電複写をやれないほどの特許網を誇った。ゼロックスの基本特許は1970年頃に権利が消え、その後リコーやキヤノンが同じ方式の電子写真複写機に本格参入する。


 2018/04/26 (83 ヒット)

 私が東北リコーに入社したころ、コピーといえば「ジアゾコピー」であった。これは青焼きとも呼ばれコピーされた用紙表面は青っぽくなっている。このジアゾ複写方式は1920年にドイツで発明された。これは紫外線照射を用いるもので、それ以前にあった「青写真」よりも耐久性に優れた。1951年に世界初の事務用ジアゾ複写機が、丸星機工(後のコピア)によって商品化された。陽画感光紙を作っていたリコーも、ジアゾ複写機に参入し、リコーが最初に発売したのは1955年のリコピー101である。1963年にはジアゾコピー機の国内生産台数が10万台を超えた。等倍再現精度が高く大判の複写に適していたので、特に図面のコピーには後々まで利用されていた。リコーは湿式、乾式ともに豊富な機種と技術革新でジアゾコピー機の最先端を進み、「リコー」はジアゾ複写機のトップブランドだった。透明又は半透明の原稿とジアゾ感光紙を重ね合わせ、両者を密着させた状態で原稿側から紫外線を照射し、紫外線が通過した非画像部は無色の化合物になる(露光)。これを次の現像工程に通すと、画像部が青色になって画像が形成されるというのがジアゾ複写の原理である。ただ原稿は光透過性が必要とされたので、非常に薄い用紙やトレーシングペーパーなどに限られていたし、用紙は専用のジアゾ感光紙を必要とした。私たちが設計製図するの用紙は、方眼トレーシングペーパーであった。


 2018/04/22 (93 ヒット)

 アルベルトアインシュタインは、1879年ドイツ南部のウルムという町で生まれ、その後ミュンヘンに移り住んだ。彼はユダヤ人一家に生まれた。アインシュタインが生まれた年に、エジソンが実用的白熱電球開発に成功している。16歳でスイスのチューリッヒ工科大学に入学する。ここでドイツ国籍を放棄して兵役を逃れた。22歳でスイス国籍を取得して、死ぬまで公的にはスイス人であった。大学は無事に卒業するが就職はできなかった。彼は自信過剰のうぬぼれやであり、その影響かもしれない。ようやくスイス特許局に仕事を見つけ、26歳で4本の論文を次々に発表する。その3本目と4本目が「特殊相対性理論」である。論文は当初周囲の理解をまったく得られなかったが、マックスプランクは彼を強力に支持した。30歳でチューリッヒ大学の助教授、32歳でドイツプラハ大学の教授、33歳でチューリッヒ工科大学の教授、35歳でベルリン大学教授に就任する。改造社という出版社の招待で1922年日本郵船の客船に乗り日本にやってきた。この船の上でノーベル賞受賞の知らせを聞いた。彼は日本びいきであったが、日本が軍国主義に向かうことを懸念した。1955年76歳で死去。


 2018/04/20 (78 ヒット)

 NHKスペシャル「人体」の「腎臓(じんぞう)」を見た。腎臓は「尿をつくっているだけ」と思ったら大間違いだ。腎臓は握りこぶしほどの大きさで2個あるが、その内部は太い血管が密集している。そこから血液を通して各所にメッセージ物質を送り出している。腎臓は体内ネットワークのかなめであり、血液を取り仕切る司令塔である。腎臓には一つだけでも100万個もの「糸球体」があり、これが血液から尿をつくりだすフィルターの役目をしている。糸球体には老廃物を含む血液が供給され、内壁にある無数の微細な孔を通して赤血球以外の液体は尿細管へ送られる。この尿細管にある無数の細かい毛が再吸収血液の成分を最適に調整している。実は糸球体を通る血液の1%だけが老廃物として尿になり、残りの99%は再び再吸収されて血液に戻される。尿細管に接して血管があり、他の臓器からの情報に応じて再吸収で尿細管から血管に送られる血液の成分を最適化している。この腎臓における再吸収システムが、血液内の成分を許容範囲内に維持するようにしている。


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