佐藤光雄(技術士:機械、宮城県)
(1) 2 3 4 ... 20 »
 2018/05/26 (5 ヒット)

 円周率 は分母と分子が整数の分数で表すことのできない「無理数」である。つまり小数点以下が循環することなく無限に続く数だ。他にも身近な無理数としては√2がある。紀元前3世紀、古代ギリシャのアルキメデスが円周率の値は3と10/71から3と10/70の間にあることを明らかにした。1761年になってドイツの数学者ランベルトが、円周率は無理数であることの証明に成功した。現在ではコンピューターを用いて計算され、2016年にスイスの物理学者によって22兆4591億余の桁数まで求められた。円周率の数字配列の中には、不思議な数列もある。小数点以下2兆4587億余桁の部分には、「99999…」と9が12個並んでいる数列がある。また2兆3641億余桁の部分には、「012345678901」という数列がある。


 2018/05/23 (8 ヒット)

 ダーウィンは進化論で、「生物は時間をかけて少しずつ多様化し進化する」としている。が一方で「私の理論には難点がある、それはカンブリア紀に多くの動物種が突然出現することだ」と述べている。今日の地球には100万を超える動物種がいて、そのほとんどは5億4000万年前の古生代カンブリア紀に、いっせいに出現したとされている。これを「カンブリア爆発」という。カンブリア紀に入ってわずか1000万年の間に進化多様化したのである。カンブリア紀以前の地層からは3つの動物グループ(門)しか発見されていないが、カンブリア紀に入ってからの地層では現在と同じ38門が出現している。特に急速に勢力を拡大したのは節足動物(昆虫、甲虫、甲殻類など)である。脊椎動物の歴史もここから始まっている。カンブリア初期には、硬組織を持つものが出現し、また眼をもつ動物も出現した。これにより生物間競争が激化して多様化大型化したのではと想定されている。


 2018/05/20 (22 ヒット)

 NHKブラタモリで黒部ダムを取り上げていた。富山県北アルプスの山中に黒部第四ダムがある。昭和30年代高度経済成長期における急激な電力需要増大に応えるため、関西電力が建設した。のべ1000万人が工事にかかわり、総工費513億円という巨大事業であった。そもそも黒部峡谷は人の行く手を阻む秘境だった。現在、長野県扇沢からトロリーバスで全長5.4キロのトンネルを通っていくルートがある。このトンネルは元々現場に資材を運ぶために掘られた工事用のものである。映画「黒部の太陽」でこのトンネル工事の苦労が描かれている。最大の難関が破砕帯と呼ばれるエリアで、くずれやすくてしかも大量の地下水があふれ出してくる。それまでは一日に9mの速度で掘り進んできたが、この長さ80mの破砕帯を越えるのに7か月を要したのである。しかし苦労の末のトンネル貫通によって、資材運搬が可能になりようやくダム工事に着手できたのである。発電所はダムから約10キロ下流にあり、その落差545mを確保して発電能力を得ている。


 2018/05/16 (18 ヒット)

 NHKスペシャル「人体」の「腎臓(じんぞう)」を見た。腎臓は「尿をつくっているだけ」と思ったら大間違いだ。腎臓は握りこぶしほどの大きさで2個あるが、その内部は太い血管が密集している。そこから血液を通して各所にメッセージ物質を送り出している。腎臓は体内ネットワークのかなめであり、血液を取り仕切る司令塔である。腎臓には一つだけでも100万個もの「糸球体」があり、これが血液から尿をつくりだすフィルターの役目をしている。糸球体には老廃物を含む血液が供給され、内壁にある無数の微細な孔を通して赤血球以外の液体は尿細管へ送られる。この尿細管にある無数の細かい毛が再吸収血液の成分を最適に調整している。実は糸球体を通る血液の1%だけが老廃物として尿になり、残りの99%は再び再吸収されて血液に戻される。尿細管に接して血管があり、他の臓器からの情報に応じて再吸収で尿細管から血管に送られる血液の成分を最適化している。この腎臓における再吸収システムが、血液内の成分を許容範囲内に維持するようにしている。


 2018/05/13 (23 ヒット)

 テレビを見ていたら「お寺と神社の作法」をやっていた。お寺の入り口にあるのが「山門」、ここをくぐる場合は入り口で一礼をしてから。お寺の本堂へ向かう参道を歩く場合は、どこを歩いてもかまわない。参道に出ている屋台やお店に立ち寄るのは参拝を終えてから。常香炉の煙に触れるのは身を清めるため。お賽銭の役割は「お金を捨てる修行」だという。お寺とはもともと修行の場である。神社の場合は入り口に「鳥居」がある。ここをくぐる場合も入り口で一礼をしてから。鳥居から内側は聖なる神様のエリア。神社の参道を歩く場合には、お寺と違い中央を歩かず端を歩く。正面は正中であり神様の通り道だという。手水舎では水により身を清める。その順序は、ひしゃくで水を汲み(1)左手、(2)右手、(3)左手に受けた水で口を清め、(4)再び左手、(5)そして最後にひしゃくの柄を流す。これらをひしゃく一杯の水で行う。ひしゃくに口をつけるのは厳禁。神社におけるお賽銭の役割は「前回のお願いごとに対するお礼」。参拝はご存知「二拝、二拍手、一礼」であるが、拝の場合はお辞儀の角度は90度。おみくじは基本的に持ち帰る。


 2018/05/09 (30 ヒット)

 NHKテレビ「がってん」から。世界中の人々が昔から困り果ててきたのが「蚊」である。「かゆい」「刺される」だけならまだしも、実は危険生物なのだ。小さい体で病気の元を運び「蚊による感染症」を生む。マラリア、黄熱病、ジカ熱、デング熱など。最も多くの人を死に至らしめた生物ランキングのベスト3は、1位:蚊の100万人、2位:ヒトの50万人、3位:蛇の5万人だそうだ。この小さな蚊を撲滅すべく世界中の科学者が対策を考えてきている。ところで「蚊に刺されやすい人」とそうでない人がいる。お酒を飲んだO型の人が刺されやすいとか、太って汗かきの人が刺されやすいとか言われるが。日本の一人の中学生が、蚊に刺されやすい妹のために一生懸命調査、研究、実験を行って、世界中の科学者を驚かせる大発見をした。蚊は動物が発する二酸化炭素に寄って来る、そしてその蚊を吸血鬼モードにするのが「靴下」にあったことを発見。新しい靴下にはき替えると蚊に刺されにくくなる。だが足のにおいが強いから蚊が寄ってくるのではない。真の原因は「足に住む菌の種類にある」ことを発見した。常在菌の種類が多いと蚊に刺されやすいのだ。蚊に刺されにくくする対策は、(1)足をアルコールでふいてきれいにする、(2)ハッカ油(ハーブやユウカリなども)を皮膚にスプレーする。


 2018/05/03 (32 ヒット)

 その後、電子写真技術の大きな変革が二つあった。一つはカラー化でありもう一つがデジタル化である。1979年にキヤノンが、世界初の半導体レーザーを用いた小型レーザープリンターLBP-10 を発売した。これが現在のデジタル複写機につながる実質的なスタートである。1984年キヤノンは世界初のデジタルレーザー複写機NP9030を発売した。同年富士ゼロックスもデジタル複写機を発売。普及型デジタル複写機(100万円を切る)としては、1987年発売のリコーIMAGIO320が最初である。複写機のデジタル化は状況を一変させる大きな変革であった。デジタル化によって複合機MFP(マルチファンクションコピー)へと進化したのである。コピー、スキャナー、ファックス、プリンターの機能を兼ね備えたのだ。従来スタンドアローンで存在していた複写機が、デジタル化によって多機能複合機になり、拡張性が加わり、ネットワークに接続されるようになって、オフィスにおける中核機として認識されるに至った。例えばコンビニに設置されているコピー機は、もはやコピー機ではなくなって、ファックス送信やスマホからの写真プリントやチケットの購入や公共機関の証明書発行など多様な機能を有している。複写機のカラー化もデジタル化があってこそ実現したのである。


 2018/05/01 (33 ヒット)

 現在一般に「コピー機」といっているのは、電子写真技術を用いたデジタル式普通紙複写機のことである。デジタル化される前はアナログ複写機であった。アメリカのチェスター・カールソンは、新しい複写法を求めて実験を開始し、4年目の1937年に「エレクトロフォトグラフィー(電子写真)」の特許を出願した。このカールソンの特許には、基本的に現在とあまり変わらない作像プロセスが記載されているからすばらしい。米ハロイド社がカールソンを支援し、1950年に世界初の電子写真複写機を発売。1959年には世界初の事務用普通紙複写機Xerox914を開発した。この方式をゼログラフィーと命名し、1961年ハロイド社はゼロックスコーポレーションに社名を変更した。ゼロックス社の誕生である。1962年に英国ランクゼロックス社と日本の富士写真フィルム社が合弁で富士ゼロックス社を設立した。ゼロックス社の電子写真特許実施権は、富士ゼロックス社のみが得るということになった。これらは、他社が同様の普通紙静電複写をやれないほどの特許網を誇った。ゼロックスの基本特許は1970年頃に権利が消え、その後リコーやキヤノンが同じ方式の電子写真複写機に本格参入する。


 2018/04/26 (45 ヒット)

 私が東北リコーに入社したころ、コピーといえば「ジアゾコピー」であった。これは青焼きとも呼ばれコピーされた用紙表面は青っぽくなっている。このジアゾ複写方式は1920年にドイツで発明された。これは紫外線照射を用いるもので、それ以前にあった「青写真」よりも耐久性に優れた。1951年に世界初の事務用ジアゾ複写機が、丸星機工(後のコピア)によって商品化された。陽画感光紙を作っていたリコーも、ジアゾ複写機に参入し、リコーが最初に発売したのは1955年のリコピー101である。1963年にはジアゾコピー機の国内生産台数が10万台を超えた。等倍再現精度が高く大判の複写に適していたので、特に図面のコピーには後々まで利用されていた。リコーは湿式、乾式ともに豊富な機種と技術革新でジアゾコピー機の最先端を進み、「リコー」はジアゾ複写機のトップブランドだった。透明又は半透明の原稿とジアゾ感光紙を重ね合わせ、両者を密着させた状態で原稿側から紫外線を照射し、紫外線が通過した非画像部は無色の化合物になる(露光)。これを次の現像工程に通すと、画像部が青色になって画像が形成されるというのがジアゾ複写の原理である。ただ原稿は光透過性が必要とされたので、非常に薄い用紙やトレーシングペーパーなどに限られていたし、用紙は専用のジアゾ感光紙を必要とした。私たちが設計製図するの用紙は、方眼トレーシングペーパーであった。


 2018/04/22 (52 ヒット)

 アルベルトアインシュタインは、1879年ドイツ南部のウルムという町で生まれ、その後ミュンヘンに移り住んだ。彼はユダヤ人一家に生まれた。アインシュタインが生まれた年に、エジソンが実用的白熱電球開発に成功している。16歳でスイスのチューリッヒ工科大学に入学する。ここでドイツ国籍を放棄して兵役を逃れた。22歳でスイス国籍を取得して、死ぬまで公的にはスイス人であった。大学は無事に卒業するが就職はできなかった。彼は自信過剰のうぬぼれやであり、その影響かもしれない。ようやくスイス特許局に仕事を見つけ、26歳で4本の論文を次々に発表する。その3本目と4本目が「特殊相対性理論」である。論文は当初周囲の理解をまったく得られなかったが、マックスプランクは彼を強力に支持した。30歳でチューリッヒ大学の助教授、32歳でドイツプラハ大学の教授、33歳でチューリッヒ工科大学の教授、35歳でベルリン大学教授に就任する。改造社という出版社の招待で1922年日本郵船の客船に乗り日本にやってきた。この船の上でノーベル賞受賞の知らせを聞いた。彼は日本びいきであったが、日本が軍国主義に向かうことを懸念した。1955年76歳で死去。


 2018/04/20 (47 ヒット)

 NHKスペシャル「人体」の「腎臓(じんぞう)」を見た。腎臓は「尿をつくっているだけ」と思ったら大間違いだ。腎臓は握りこぶしほどの大きさで2個あるが、その内部は太い血管が密集している。そこから血液を通して各所にメッセージ物質を送り出している。腎臓は体内ネットワークのかなめであり、血液を取り仕切る司令塔である。腎臓には一つだけでも100万個もの「糸球体」があり、これが血液から尿をつくりだすフィルターの役目をしている。糸球体には老廃物を含む血液が供給され、内壁にある無数の微細な孔を通して赤血球以外の液体は尿細管へ送られる。この尿細管にある無数の細かい毛が再吸収血液の成分を最適に調整している。実は糸球体を通る血液の1%だけが老廃物として尿になり、残りの99%は再び再吸収されて血液に戻される。尿細管に接して血管があり、他の臓器からの情報に応じて再吸収で尿細管から血管に送られる血液の成分を最適化している。この腎臓における再吸収システムが、血液内の成分を許容範囲内に維持するようにしている。


 2018/04/15 (63 ヒット)

 日本の紙幣は国立印刷局で印刷されている。紙幣の印刷方式は、ドライオフセットと彫刻凹版印刷を組み合わせたものになっているが、そこには各種の偽造防止技術が入っている。例えば千円札の場合についてその一部を以下に紹介する。自分で確認してみてほしい。ちなみに1000円札は14色の特別なインキを用いて印刷されている。(1)パールインキ:左右両端にピンク色を帯びたパール光沢半透明印刷部がある。(2)潜像模様:裏面右側中央部を下から斜めにするとNIPPON潜像印刷が見える。(3)隠し文字:裏面右上桜の花びらの中に隠し文字がある「ニ」「ホ」「ン」。(4)すき入れパターン:肖像画のすぐ右に縦線でスキ入れバーが入っている。(5)マイクロ文字:上部や右上部などにマイクロ文字NIPPONGINKOが並んでいる。裏面右下桜の下部にマイクロ文字「NIPPONGINKO」、富士山の左上にも。(6)潜像パール模様:左下に2重潜像文字で「1000」と「千円」がある。(7)特殊発光インキ:日本銀行総裁印に紫外線を当てるとオレンジ色に光る。(8)透かし:もちろん肖像画の透かしが紙の抄紙時に組み込まれている。(9)深凹版識別マーク:目の悪い人のための識別バーがある。


 2018/04/11 (65 ヒット)

 世界四大発明の一つとされる活版印刷術は、グーテンベルグによって発明された。この活版印刷術を使って最初に印刷されたのが「42行聖書」と呼ばれるもので、別名「グーテンベルグ聖書」。現在全世界に不完全本も含めて47部が存在する。日本にも完全本1冊がある(慶應義塾図書館)。この「グーテンベルグ聖書」だが実はグーテンベルグが印刷したものではないとされている。グーテンベルグは52歳のときに(1450年)、ヨハン・フストから金を借りて活版印刷術を発明した。具体的に言えば活版、インク、印刷機を発明。だがフストに借金を返済できずに、1455年フストは訴訟を起こしてグーテンベルグの発明した印刷機や活字や道具類を押収した。そしてフストはグーテンベルグの弟子だったシェーファーとともに世界で初めての活版印刷物を完成させた。それが「グーテンベルグ聖書」である。なおグーテンベルグの生涯に関する記録はほとんど残っていない。ただ返済できなかった借金に関する法廷記録のみによって、その発明が明らかになっている。


 2018/04/09 (68 ヒット)

 私が子供のころ500円といえば、青っぽくて肖像画は岩倉具視の紙幣だった。1982年になって旧の500円硬貨が登場した。そして2000年には新500円硬貨に変更された。この変更は偽造防止のためである。この旧500円硬貨と新500円硬貨には、大きな点で4つの違いがある。

(1)旧硬貨では側面に「NIPPON 500」という刻印があったが、新硬貨では斜めのギザギザに変更になった。

(2)材質が旧硬貨は白銅だったのが新硬貨ではニッケル黄銅に変更された。

(3)新硬貨では大きな500文字の二つの「0」の内部に潜像文字が刻印されて、斜めからみると「500円」が浮かんでくる。

(4)上部「日本国」と下部「五百円」文字の背景に細かい筋模様が入った。

さて新500円硬貨には、私たちが気付かない「秘密のマイクロ文字」が刻印されているのは知られていない。ルーペでも見えないので顕微鏡で確認するしかない。一つは裏面の「500」という数字の中にバラバラにNIPPONの文字が隠れている。もう一つは表面の桐デザインの中央付近にも同様にバラバラにNIPPONの文字が隠れている。これは私が顕微鏡で確認したので間違いない。驚きの造幣技術である。


 2018/03/24 (84 ヒット)

 NHKテレビ「歴史秘話ヒストリア」を見た。今年はロンドンの大英博物館で葛飾北斎展が開かれ、そこでの注目は「Great Wave」である。これは有名な富嶽三十六景の神奈川沖浪裏に描かれた波頭をさす。北斎は1760年江戸に生まれる。37歳で神社に奉納されていた西洋画を見る、そこには富士山と波が描かれていたという。北斎が50歳ころに描いた波の絵は、以前に比べて幾分迫力が増していた。1831年72歳で富嶽三十六景を描く。その中で神奈川沖浪裏に「第一のGreat Wave」を完成させた。北斎はその後も人々が驚くような意欲的作品を次々と発表する。そして「富嶽百景」では「海上の不二」において、砕け散る波がしらが鳥に姿を変えて飛んでいくかのような新しい「第二のGreat Wave」を完成させた。80歳を超えてからは信州の小布施を訪れて、ここで「最後のGreat Wave」を完成させる。それが上町祭屋台の天井に描かれた「男浪」「女浪」である。この2枚は今回初めて小布施を離れて大英博物館に運ばれた。私が小布施に行ったときちょうど貸出し中になっていた。


 2018/03/20 (78 ヒット)

 霊峰富士は古くから信仰の対象とされ、多くの絵画にも取り上げられてきた。葛飾北斎の「富嶽三十六景」は72歳にして制作された。天保2~4年頃に北斎は、「富嶽三十六景」46枚を永寿堂西村屋から出版し、これが大ヒットになって「風景版画」のジャンルが誕生した。一方で保永堂は歌川広重に東海道五十三次を描かせて出版した。「富嶽三十六景」は、お江戸日本橋から始まって46枚目の諸人登山まであり、特に有名なのが「神奈川沖浪裏」「山下白雨」「凱風快晴」であろう。三十六景のはずだが、好評のため続編として10枚が追加された。北斎が実際に現地をすべて訪れて写生したかどうかは疑問があるが、頭の中で構成された風景は見事で、図柄の面白さを追求している。「神奈川沖浪裏」では、藍色の濃淡と白のみで大波を表しかぎ爪のような波頭を創り出している。作曲家ドビュッシーはこの図を見て管弦楽曲「海」を作曲した。北斎はさらに75歳にして「絵本:富嶽百景」を出版している。


 2018/03/18 (76 ヒット)

 物質の根本材料である「元素」は、これまでに陽子の数が1個の水素から118個のオガネソンまで118種類が見つかっている。113番元素のニホニウムは理化学研究所で誕生した。宇宙誕生から1万分の1秒後に陽子や中性子が生まれた。約3分後には陽子と中性子が2個ずつ集まってヘリウムが誕生した。次にリチウムも生まれたがここでいったん停止し、約4億年後になって高温高圧の星の内部で、ヘリウムが核融合することで炭素が生まれ、こうした核融合と核崩壊などで酸素、窒素、ケイ素なども生まれた。26番目の鉄までの元素がそろった。だが星の中での核融合では「鉄」以上に進むことはない。鉄より重い元素は超新星爆発によってできたとする説が有力だが、実はよくわかっていない。43番、85番、そして93番以降の元素は、自然界に存在せず人工的につくられた。


 2018/03/17 (85 ヒット)

 全国の「街の本屋さん」が減ってきている。全国の書店数は1万2500店余り、2000年に比べて4割以上も減った。ネットやスマホの全盛で「紙の本」離れが進み、出版物の売れ行きは落ち込んでいる。大規模書店はそれほどでないが、小さな書店は経営が厳しくなっている。店主は高齢化し引き継ぐ人もいない。国内出版物の販売額は1996年がピークで2兆6500億円、昨年はそれに比べて45%減であった。雑誌はピーク時に1兆5600億円だったが昨年はその半額以下になった。2000年に上陸したネット販売大手のアマゾンは、今や売上高日本一の書店になっている。そもそも本や雑誌の販売の仕組みは一般商品と異なる。出版社が指定した価格で売ることになっている。価格競争を避けて出版文化を守るためとされる。売れ残りは取次ぎや出版社に返品できる委託販売が基本である。


 2018/03/14 (88 ヒット)

 お笑いコンビ「パックンマックン」で活躍するハーバード大学卒業のパトリック氏のことばで「なるほど」と思うものがあった。

(1)「コミュニケーション」とは、日本語の「共」の概念を含んでいるので、ことばをやり取りするだけではなく「やりとりの結果何かを共有する」という概念まで含んでいる。単に会話しただけでは「コミュニケーション」は成立しない。

(2)日本語ではことばを省略することが多い。「例の件よろしくね」と言われても、日本人は場の空気を読みすぎるので、「例の件とは何?」と聞きにくい。こうしたことが「和」をつくってきたが、正しく伝わらないこともある。

(3)日本人は他人に対して謝りすぎだ。人に話しかける言葉は「すみません…」から始まる。挨拶代わりに謝罪のことばを平気で使う。アメリカ人にはないこと。

(4)日本語には尊敬語や謙譲語といった敬語があって、相手に対してとてもやさしい言葉である。


 2018/03/12 (70 ヒット)

 この10数年で薬の世界はすっかり様変わりしたという。かつて大手製薬企業の売り上げを支えたのは、多くの人がかかる病気が対象の「低分子薬」で、これは化学工場で低コスト大量生産ができた。しかしこうしたかつての薬の大半は、特許期限が切れて安価なジェネリック薬に市場を奪われた。現在の売上高上位を占めるのは、「バイオ医薬品」である。対象となる病気は今のところ特定のがんやリウマチなどに限られるが、遺伝子組み換えや細胞培養など高コスト技術で製造され、薬価はけた違いに高くなる。特許切れ後も後発薬がつくりにくい。画期的な抗がん剤として注目を集める「オプジーボ」は、日本では年間3500万円に及ぶと試算されて問題になり、今年になって一気に半額に引き下げられた。それでも100ミリグラムで36万5000円と高価である。日本ではどんなに高額な薬でも公的医療保険で面倒をみてきた。だが高齢化で医療費が膨大になって、費用対効果が見直されてくるだろう。


(1) 2 3 4 ... 20 »