佐藤光雄(技術士:機械、宮城県)
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 2017/12/17 (2 ヒット)

 明治時代、今の東北本線で福島から槻木までのルートとしては、丸森を通る阿武隈川沿いのルートが有力とされていた。現在の阿武隈急行線ルートである。しかし実際にはこのルートは採用されず、白石と越河を通る現在のルートが採用され、理由はどうあれ、角田と丸森は置いてきぼりになった。白石を通るルートは急な登りが課題とされたが、交流電化が完成して可能になったのだ。1968年になって槻木―丸森間が非電化で開通して、「丸森線」として暫定的に開業した。しかし丸森―福島間の線路建設は中止になり、「盲腸線」と呼ばれた丸森線は赤字を増加させていった。昭和46年には国内有数の赤字路線となった。1981年ついに「廃止」が承認されたのである。そこで福島・宮城両県は、第三セクター「阿武隈急行株式会社」を設立し、阿武隈急行線を開業させ、1988年についに福島―丸森間も開通したのである。着工から24年でようやく全線開通になった。


 2017/12/11 (19 ヒット)

 「人間国宝」は通称であり、正式名称は「重要無形文化財保持者」である。1950年制定の文化財保護法に基づき創設された。能楽や歌舞伎、文楽、演芸などの「芸能系」と、陶芸や染織、漆芸、金工といった「工芸技術系」に大別される。現在14の分野があり、認定保持者は112人いる。各人に年間200万円が支給される。しかし実はこの制度は誤解されているという。「わざ」を文化財として指定し、わざの高度な体現者を認定しているのであり、「ひと」を顕彰しているのではない。分野別件数をみると、最も多いのが「音楽」で19件22人、次が「染織」で14件16人、次は「陶芸」の9件10人、その後「能楽」5件11人、「漆芸」5件10人と続く。


 2017/12/10 (16 ヒット)

 巻き寿司やチラシ寿司などの料理には欠かせない食材である「かんぴょう」、昆布巻きのひもにも使われる。かんぴょうは、ウリ科も植物である「ユウガオ」からつくられる。そのユウガオは夏の今が収穫時。生産地は栃木県がダントツで9割以上のシェアを有する。畑で小さな実のときにこれを立ててやることで、まん丸い形にする。果実は大きさが25~30センチ、重さ6~8キロのものを収穫し、中央に鉄の棒を刺して機械にセットして回転させる。外側から刃を押し当ててまず外皮をむき、その後にかつら剥きの要領で細長いひも状にむいていく。中央部はタネがあるので使えない。そしてこれを乾燥させて出荷する。低カロリーで食物繊維に富み、カルシウムやカリウムも豊富という。


 2017/12/02 (21 ヒット)

 正常な目の場合には、目の中に入った光は網膜上に焦点が合って物がはっきりと見える。「近視」は、網膜の手前で焦点が合うため遠くのものがぼやけて見える。その逆に「遠視」は、網膜の後方で焦点が合うから近くのものがぼやけて見える。「乱視」は、縦方向の光と横方向の光が別々の場所で像を結ぶため、ものが二重に見えたりぼやけたりしてしまう。乱視の中では縦方向の光が網膜の手前に焦点を結ぶ「直乱視」が多いとされる。目の角膜は本来球状だが、加齢とともにゆがんでくることで起こる。ちなみに「老眼(老視)」は、近くのものを見るとき水晶体を厚く調整して焦点を合わせるが、年をとってこれができなくなる症状。


 2017/11/30 (16 ヒット)

 蚊取り線香の草分けといえば、金鳥ブランドで知られる大阪の「大日本除虫菊(株)」である。創業者の上山英一郎が、乾燥させた除虫菊の粉で世界初の棒状蚊取り線香をつくったのが1890年。だが長さ20センチの棒状では燃焼時間が40分しか持たなかった。悩んでいた創業者に、「渦巻き」というコロンブスの卵的アイデアを提案したのは、上山の妻ゆきであった。こうして1895年、実用化まで7年をかけて渦巻き型蚊取り線香「金鳥の渦巻き」が誕生した。当時開発実用化された方法は、長さ60センチの線香を2本同時に手で巻いてつくる方法(ダブルコイル)だったという。その後機械で打ち抜く方式になっている。ちなみに金鳥の渦巻き蚊取りは「左巻き」だという。


 2017/11/25 (18 ヒット)

 「静脈」とは心臓に戻る血管のことで、一方心臓から出ていく血管は「動脈」である。多くの動脈には静脈が寄り添っているが、血液は互いに逆の方向に流れる。全身の静脈血は大静脈へ集まって心臓の右心房へ入り、右心室から出て肺動脈を通って肺へ向かう。肺で酸素の補給を受けたのち、血液は肺静脈を通って左心側へ戻り大動脈から出て全身へ送られる。血液中の赤血球に含まれるたんぱく質のヘモグロビンが酸素分子の運び屋である。ヒトの全身の血液量は体重の8%ほどで、体重60キロの人なら約5リットル。そのうち動脈の容量は18%、静脈が75%、毛細血管が7%となっている。毛細血管は細く壁が薄いことが特徴で、壁を通して細胞や組織との間で物質の交換が行われる。


 2017/11/23 (27 ヒット)

 厚生労働省が示す「五大疾病」は、「糖尿病」「がん」「脳卒中」「急性心筋梗塞」「精神疾患」である。2015年の糖尿病患者数は、全世界で4億1500万人にものぼる。「糖尿病」は、血糖値が一定の基準を超えて高くなっている状態をさす疾患であり、飽食の時代が生んだ比較的新しい病気といえる。血糖値はさまざまなホルモンによって、非常に狭い範囲に保たれている。だが人類の体で血糖値を下げるホルモンは膵臓から分泌される「インスリン」ただ一つである。高血糖の状態が続くと、血管の劣化が進み動脈硬化を引き起こしやすくなる。ということは脳卒中などの確率が高くなる。また肥満になると糖尿病を悪化させるホルモンが多く分泌されるというので要注意だ。対応策は低カロリー食と適度な運動。もちろん薬物も開発され販売されている。


 2017/11/19 (24 ヒット)

 梅雨時期は湿度が高くじめじめしている。天気予報などで言われる「湿度」は、正確には「相対湿度」である。1立法メートルの空気の箱に含まれる水蒸気の限界量(飽和水蒸気量)に対して、実際にどれだけの水蒸気が含まれているかを示すのが、「相対湿度」である。この「飽和水蒸気量」は、気温が上がると大きくなり気温が下がると小さくなる。したがって同じ80%の湿度でも、10℃80%と30℃80%とではその水蒸気量には大きな違いがある。高温高湿の環境が最も「じめじめ度」が高くなる。さて、突然に温度が下がると、飽和水蒸気量は小さくなるから余分な水蒸気が水になり、「結露」が起こる。例えば室内の温かい空気が冷たい窓ガラスに触れると、その部分で水蒸気は水になって結露になる。


 2017/11/15 (55 ヒット)

 海外から日本に上陸して100年以上、今や日本人が最も愛する洋食の代表になったのが「ハンバーグ」である。明治15年日本で初めてハンバーグが登場したのは、日本初の料理学校である「赤堀割烹教場」である。そのとき使われたソースはトマトソース。故郷ドイツの港町の名前をとって「ハンブルグ風ステーキ」と呼ばれた。明治30年代になると洋食屋が次々と開店し、デミグラスソースが使われるようになった。昭和37年に「マルシンハンバーグ」がテレビコマーシャルに登場して、画期的なレトルトハンバーグが大ヒットした。こうしてハンバーグが一般家庭にも進出。昭和43年には子供たちの一番人気メニュ「玉子焼き」から「ハンバーグ」に変わった。昭和49年にファミレスの「デニーズ」がハンバーグソースに醤油ベースの和風ソスを採用して人気になる。その後もさまざまな新たなソースが開発された。「てりやきソース」「大根おろしポン酢」「ホワイトソース」「ガーリックソース」など。


 2017/11/11 (33 ヒット)

 人類は昔から病原菌による感染症と戦ってきた歴史をもつ。13世紀にはハンセン病、14世紀にはペスト、15世紀には梅毒、19世紀には結核とコレラ、20世紀までは天然痘と戦った。天然痘については、1980年にWHOがその根絶を宣言したが、天然痘根絶は感染症との戦いにおける金字塔とされる。天然痘は日本には仏教が伝来した6世紀頃に入ってきたとされる。大航海時代、欧人がインカ帝国などを征服できたのは、天然痘の免疫がなかった地で一気に広がったのも原因とされる。ワクチンができたのは18世紀末のこと。英国の医師ジェンナーが、牛の感染症である牛痘のウイルス接種を始めたのだ。その後もエボラ出血熱やAIDSなどの新興感染症が起こってきた。


 2017/11/07 (44 ヒット)

 1万本の「はんこ」を有するはんこタワーは、日本人の苗字の93%をカバーできる。ところが残り7%を、なんと10万種類の苗字が占めるという。韓国では300種、中国でも数千種なので、まさに日本は苗字大国である。福岡市にあるハンコ屋は10万個のはんこを扱うので、日本の苗字の99%をそろえるという。そのハンコ屋がレア苗字の一つに挙げたのが、「躑躅森(つつじもり)」という苗字。総画数が54で日本一。日本で苗字が増えた原因の第一は、本家から分家すると少し変えた苗字にしたこと、第二は多種多様な職業に応じて苗字をつけたこと、第三には大名など偉い人が「お前は○○を名乗れ」と勝手に命じたこと、などらしい。珍しい苗字のタイプには(1)漢字二文字ではない、(2)漢字に自由な読みを与えた、(3)苗字とは思えない名詞をつけた、がある。


 2017/11/02 (47 ヒット)

 お米(玄米)は、芽になる部分である「胚芽(はいが)」と、発芽の際の栄養になる「胚乳(はいにゅう)」と、これらをおおう表皮である「果皮(ぬか)」とから成っている。玄米から胚芽とぬかを取り除いたものが「白米」である。胚乳の細胞には大量のでんぷんが詰まっている。炊飯によってお米に水と熱が加わると、でんぷんの枝と枝を密着させていた水素結合が切れる。するとスキマに水分子が入り込んででんぷん粒子がふくらみ、お米はふっくらやわらかになる。世界には(1)インディカ米、(2)ジャポニカ米、(3)ジャバニカ米の3種類のお米がある。「インディカ米」は南アジアを中心に栽培され、一般に米粒は細長い。世界で生産されるお米の多くはインディカ米である。「ジャポニカ米」は日本や東アジアで栽培されており、米粒は丸みを帯びる。ジャバニカ米はアジアの熱帯地域で栽培される。

 


 2017/10/30 (52 ヒット)

 面積8.5平方キロメートルの大島は、気仙沼湾に位置して3000人が住む東北で最大の有人離島である。これまでは本土との交通手段は船舶しかなかった。東日本大震災で、大島と本土を結ぶ橋の必要性が再認識された。そこで大島架橋事業が始まった。本土の国道45号線と大島の浦の浜を結ぶ約8キロである。本土側にトンネル2基、大島側にトンネル3基があり、これらはすでに完成している。メインとなるのが気仙沼大島大橋で、支間長さ297メートルのアーチ橋である。この支間長は全国で3番目を誇る。その中央経間は重量2700トン、長さ228メートルもあり、この3月に国内最大級の大型クレーン船で吊り上げ設置された。その様子にはたくさんの人が見学に訪れた。事業は平成30年度の完成をめざして進められている。大島には若いころに一度行ったきりだ。


 2017/10/27 (53 ヒット)

 歯を失う原因の1位は「歯周病」である。歯周病は、歯を支える組織の病気であり、歯周病の原因は「プラーク(歯こう)」である。歯に付着しているネバネバの付着物を「プラーク」といい粘着力がある。プラークは、口の中にいる細菌とその細菌が出した代謝物の固まりであり、プラークの中にいる歯周病菌が歯ぐきに炎症を起こす。プラークにミネラルが沈着して石のようになったものが「歯石」である。歯石は強固に付着しており自分では除去できない。歯ぐきの炎症が進行すると、歯周ポケットが広がって、この溝で歯周病菌がさらに増殖する。こうして歯周炎に進行する。重症化すると歯が抜け落ちてしまう。歯周病の対策と治療では、効果的なブラッシングの歯磨き指導と歯石の除去が最初になる。今では歯周病は生活習慣病の一つと認識されている。私は定期的に歯医者にメンテナンスに通っている。


 2017/10/24 (48 ヒット)

 桃は日本の夏を代表する果物で古くから人々に親しまれてきた。今私たちの食卓を彩る桃のほとんどは、明治後期に岡山県で発見された「白桃」がルーツとされる。以後新品種の開発が絶え間なく続いている。桃は、農林水産省の品種登録データで育成者権利が存続している分だけで、98品種もある。多くの品種が生まれた背景には、柔らかくて傷みやすいという特有の性質がある。出荷時期が異なる多くの品種をそろえないと、桃農家の経営がなりたたないからだ。日本の桃で最大の栽培面積を誇る品種が「あかつき」である。都道府県別桃の収穫量では、1位が山梨県で2位が福島県、3位長野県となっている。


 2017/10/20 (63 ヒット)

 道路網をつないでいる「橋」に高齢化が進んでいる。戦後各地に造られた橋の多くは、これから続々建設後50年を超えて改修や更新を迫られる。日本の橋は1950年以降その建設数が増加していき、1970年代にピークに達してそれ以降減少する。鉄筋コンクリート橋の耐用年数は50年とされている。国土交通省が把握する橋の数は約73万。その66%は管理者が市町村になっており、19%が都道府県である。特に市町村の場合は、橋の専門技術者が不在で費用負担の面でも地域では支えられなくなっている。自治体の人口をそこにある橋の数で割った値をみると、地域格差が大きいという。例えば島根県は、一つの橋を支える人口が51人と少ない。


 2017/10/17 (77 ヒット)

 将棋界に彗星のごとく現れて、デビューから負けなしで「29連勝」という偉業を達成したのが、中学生棋士藤井四段である。その強さはどこにあるのか?藤井四段は昨年10月に棋士になったが、まさに公式戦を一局戦うごとに強くなっている。藤井四段の最大の長所は終盤での正確な読みの力で、その強みは趣味である詰将棋で培われたという。詰将棋は決められた駒の配置から王手の連続で、敵の王将を詰ませる一種のパズルである。難解な問題を解く速さと正確さを競う「詰将棋解答選手権」では、小学6年のときから3連覇している。また実力向上に一役買っているのが将棋ソフトで、研究にとりいれて役立てている。


 2017/10/14 (84 ヒット)

 仙山線は1929年にまず仙台―愛子間で開業し、その後奥羽山脈を貫く全長5300メートルのトンネルが完成し、1937年に全線開通した。今年はそこから80年になる。そのJR仙山線の作並駅には、まだ蒸気機関車の時代に折り返し運転をするために、機関車を方向転換させるのに使われた「転車台」があり長く忘れられていたが、2014年に発掘された。そしてこの転車台など9つの施設が土木遺産の認定を受けた。作並には1981年に開園した「仙台ハイランド遊園地」があった。年間利用者数10万人を記録したこともあったが、2015年に閉園した。現在は跡地を地用した太陽光発電所が計画中である。園内にあった観覧車は、楽天イーグルス「Koboパーク宮城」に移設されて、げんざい活用されている。


 2017/10/11 (78 ヒット)

 コンニャク芋は、ミャンマー、マレーシアなど東南アジア原産とされる。食用としてのコンニャクは仏教伝来とともに日本に伝わったとされ、精進料理などで使われた。江戸時代になってコンニャクは大衆に広がった。コンニャク芋の中には多数のマンナン細胞(コンニャクマンナン)があり、これはゆでてすりおろし、たっぷりの水を含ませて糊状にしたものにアルカリ性の灰汁(現在は水酸化カルシウム)、を加えることで固まり私たちの知るコンニャクになる。全国のコンニャク芋の90%以上が群馬県で生産されている。コンニャクを最も多く食べているのは山形県である。山形県上山市には「こんにゃく番所」があり、珍しいコンニャク料理やコンニャク製品を食べたり購入したりできる。「コンニャク懐石」が有名。ちなみに黒っぽいコンニャクは、意図的にひじきなどを加えて昔のコンニャクらしい外観にしている。私の子ども時代、家の前には一面のコンニャク芋畑が広がっていた。


 2017/10/03 (69 ヒット)

 ニュースなどで「PKO」ということばをよく聞く。国連平和維持活動のことであり、日本は最近南スーダンのPKOから完全撤収した。PKOは現在世界16か国に展開して、11万人超が参加している。当初は停戦監視が主流だったが、1990年代からは武力を使ってでも市民を守る任務が増えた。昨年1年間にPKOに従事して死亡した人は117人である。南スーダンPKOには60か国から1万3000人が参加しており、インドや中国など5か国は1000人以上の軍人を派遣している。途上国にとってPKOの人件費は重要な外貨獲得手段であり、現在軍事警察要員の派遣上位国は、エチオピア、インド、パキスタンなどの途上国が占めている。


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