広報委員 佐藤光雄(技術士:機械、宮城県)

2013/04/15 (502 ヒット)

 通常感じていませんが、生物が生きていくために光は欠かせない存在です。17世紀後半になってニュートンが、プリズムとスペクトルの研究から、光には実はさまざまな色の光があり白色光はそれらが重なりあったものであることを発見しました。
 またニュートンは「光は粒子である」という説を発表しました。しかしホイヘンスは1690年に「光は波動である」という説を発表したのです。現代では光は粒子と波動の両方の性質を持つとされています。
 19世紀中ごろになって、ついにマクスウエルが「電磁波理論」を完成させ、光は電磁波の一種であることを証明しました。1888年には光電効果が発見されて、アインシュタインは光量子仮説を提唱します。
  もともと光に色がついているわけではなく、各波長に応じて人間の脳が青とか赤とかの色を感知しているに過ぎません。色は光の波長に対応した人間特有の感覚 に基づく量です。物体は高温になると光を発します。その発光スペクトル分布は温度によって異なりますが、物質の種類には依存しません。刀鍛冶が色によって 温度を判断できるのはこのためです。
 数1000度という高温の物質からは可視光線が放出されます。白熱電球はこれを利用したものです。原子において外側にある電子が内側に移動すると、光を発します。


2013/04/11 (496 ヒット)

 ノーベル賞を受賞した山中博士の下で、iPS細胞を作り出したのが高橋博士です。2005年の時点で山中グループは10万個もある(この当時)と言われ た遺伝子の中から、この遺伝子を入れたらiPS細胞ができるかもしれないという候補を、100個程度まで絞り込んでいました。
 当初はとにかく 100個の遺伝子全部をしらみつぶしに1個ずつ試してみようと思ってスタートしたといいます。高橋博士は特に可能性が高そうな24個を選び、それぞれを1 個ずつ入れた培養皿を作ったのですが、そのときついでに24個の遺伝子全部を入れたプレートを1個余分に作ったのだそうです。
 すると2週間後に、ついでに作った24個全部を入れた培養皿だけが、もこもこと細胞が増えているのが見えたのです。そこで次に1つずつ減らす実験をした結果、初期化に必要な4個の遺伝子を突き止めました。
しかし当初は誰にも信じてもらえなかったといいます。それはiPS細胞を作る方法が研究者たちが想像していた複雑なプロセスではなく、たった4個の遺伝子を入れるだけという簡単な方法だったからです。
 こうして2007年11月山中博士はヒトのiPS細胞を作製したと論文を発表しました。全く同じ日にトムソン博士も論文を発表したのでした。


2013/04/08 (484 ヒット)

 牛は人類の歴史の中で、常に身近な動物として存在しました。紀元前5000年頃、ヨーロッパではすでに牛を飼い慣らし家畜として利用することが行われて いました。不思議なのは、草しか食べない牛が、なぜあのようなタンパク質の巨体をつくれるのかということです。その秘密は牛の胃袋にありました。植物を構 成しているセルロースを人間は分解できませんが、牛はこれを分解する発酵工場を自分の胃の内部に持っているのです。牛には胃が4つあります。
 特に大きな第一胃は、微生物に最適な状態のまるで発酵タンクになっています。牛の胃には、セルロースを分解して栄養とする微生物が牛と共生関係を結んでいて、牛は微生物に生息環境と植物体を提供するかわりに、微生物の分解物を利用してタンパク質を作っているのです。
 牛は自然界に適応していくために独自の胃を持って、実によくできたシステムを形成して進化してきました。このような微生物(細菌)が、実は私たちヒトの腸内にも多数存在しています。人間の体内に住む常在菌の数は体を構成する細胞数の10倍にものぼると言われます。


2013/04/04 (499 ヒット)

 我々の競合である理想科学工業の名前を一気に世間に知らしめた、記念すべきヒット商品の「プリントゴッコ」ですが、2012年12月をもってついに理想科学は35年間に及ぶこの事業を終了させました。若い人にはなじみがないでしょうが。
 年賀状印刷において一つの時代を創ったすばらしいアイデア商品でした。「プリントゴッコ」という名前は、当時の社長羽山昇が皆の反対を押し切って命名したものです。1977年9月にプリントゴッコB6は発売されました。
  家庭で誰でも手軽にカラー印刷の年賀状が作れるということから、年賀状印刷の季節になると日本全国で販売推進が進められ、購入されていきました。カーボン 筆記原稿にピカッと光るフラッシュ光を当てて、その発熱によりマスタフィルムに穿孔製版し、次にそのマスタに色とりどりのインクを載せてはがきの上に押し 当てるだけでカラー印刷ができるという優れものでした。
 1996年には累計販売台数1000万台を達成しました。しかし時代の変化は厳しいものでパソコンとカラープリンターの普及により競争力をなくして、2008年に本体の販売を終了し、このたびサプライとサービスも終了になったのです。


2013/03/29 (552 ヒット)

 高校生物の教科書が大きく変わりつつあるそうです。これまで私たちは「生物1」教科書で、遺伝に関しては「メンデルの法則」つまり1865年にメンデル が発表したエンドウマメの交配実験から学習を始めたものでした。もちろん生物の教科書は、このメンデルの実験に多くのページを割いていました。しかし、も はや遺伝はDNAで説明がつく時代になりました。これまで「生物」では、教科書が学問の進歩に追いついていないとされていたのです。新しい「生物基礎」教 科書では、生物の進化についてDNAの塩基配列によるしくみの説明に力点を置いているそうです。
 2003年にヒトゲノム(全遺伝情報)が解読されました。ヒトもバクテリアもDNAを持ち、全生物はたった4種類の塩基配列によって遺伝情報が形成され、塩基配列のわずかな違いによって多様性を生み出していることが明らかになったのです。
  4種類とは「A:アデニン」「G:グアニン」「T:チミン」「C:シトシン」です。2009年に学習指導要領が「ゆとり教育」から「学力向上重視」へ改定 されて、教科書に高度な内容を盛り込むことが可能になりました。科学技術立国を担う子供たちの育成をめざして、理科教育は見直しが進められているのです。


2013/03/25 (484 ヒット)

 人間の眼は、一番前側に「角膜」がありその内側には順に「虹彩」「水晶体」「硝子体(球体)」があって、硝子体を包むように「網膜」があります。人間の眼は実にすばらしい機能を有していると思いませんか?毎日お世話になっている大事なものです。

  「角膜」はレンズの働きをする透明体で、タンパク質の繊維が規則正しく並ぶことで透明になっています。「水晶体」も同様ですが、透明の細胞というのは不思 議ですね。「虹彩」はカメラの絞りの働きをして、瞳孔の大きさを変えることで眼に入る光量を調節します。「水晶体」は柔らかい第二のレンズで、その厚さを 変えることによりピントの調節を行います。「硝子体」はゼリーのようにやわらかく99%は水からなる透明体で、光を網膜まで透過させます。
「網 膜」は光を受け取り電気信号に変換します。この電気信号を脳まで送るのが「視神経」であり、100万本の神経の束です。網膜には視細胞が1億個以上並んで おり、特に中心部領域に高密度に存在しています。この高密度部では隣り合う視細胞のピッチはたった0.002mmだそうです。
 視細胞は、光に高感度のかん体細胞と色覚を担う錐体細胞からなります。


2013/03/19 (486 ヒット)

 アメリカNASAのスペースシャトルは、1981年の初飛行(コロンビア号)以来30年を過ぎた2011年7月(アトランティス号の最終飛行)をもっ て、スペースシャトル計画は終了しました。30年も続いていたんですね。これまでに16カ国355人の宇宙飛行士が搭乗して、合計135回もの打ち上げが 実施されたそうです。
 スペースシャトルは3つの構造体から成っています。宇宙船本体のオービター(これが帰還します)と、中央にある大きな外部 燃料タンクと、その両脇に装着された固定燃料ロケットブースターの3つです。打ち上げ時の強力な推進力は2分間の固体燃料燃焼によって得られ、燃え尽きる と切り離されて落下します。その後は外部燃料タンク内の液体酸素と液体水素によって更に推進して、8.5分後にはこれも切り離されて落下します。つまり強 力な推進力を発揮した3つの燃料タンクは、たった10分間だけの命なのです。
 こうしてオービターは大気圏を抜けて高度約300kmで地球を周回 します。オービターはこれまでに6機が製造されました。搭乗人員は7人で荷物は最大28トンまで運搬が可能です。このオービターは、地球への帰還時には大 気圏に突入してからグライダーのように飛行して地上に着陸するので、何度も再使用が可能です。


2013/03/15 (512 ヒット)

 その昔、母親になる女性は妊娠がわかると、赤ちゃん用の布おむつを木綿布を縫って一生懸命作ったものでした。私の妻も布おむつを縫いました。しかし現在 では「紙おむつ」という大変便利なものができたため、日本では99%が紙おむつを使っているそうです。紙おむつがこのように便利に使われるようになった陰 には、「高分子吸収体」の開発が大きく貢献しています。高分子吸収体は、自分の質量の50~100倍もの水分を吸収して、ゼリー状にかためてしまうことが できます。
 紙おむつはスウェーデンで最初に考えられました。それは綿花不足で材料の木綿布が手に入らなかったことによります。日本では1950年代から登場しましたが、当時は使い捨ての文化がなかったため普及しませんでした。
  1980年代になって女性の家事労働を減らすことが重要視されるようになり、1983年に紙おむつに高分子吸収体が使われるようになると、一気に広がって いきました。高分子吸収体は、デンプン系、セルロース系、ポリビニルアルコール系などいろいろな種類がありますが、現在その性能と価格で最適とされている のはポリアクリル酸ナトリウム系とされています。
 (1)浸透圧:吸い込む力(2)親和性:浸み込む力(3)架橋密度:保持する力の3つの力が重要です。高分子吸収体は、浸透圧を利用するので純水に比べて食塩水などになると吸水量は減少します。
 


2013/03/12 (509 ヒット)

 2003年頃には薄型テレビといえば「液晶テレビ」と「プラズマテレビ」のそれぞれが、特徴を有して競い合っていました。比較的小型には液晶方式が、そして大画面テレビにはプラズマ方式が採用されていました。
  2005年の薄型テレビ世界シェア1位はパナソニックで、4位がサムスン電子6位がLG電子でした。パナソニックは2005年から、兵庫県に4000億円 を投じて3棟の巨大なプラズマテレビ用パネル工場を建設し、これを稼動させます。しかし2011年には2棟の工場停止を決めざるを得なくなってしまいまし た。技術の進歩によりプラズマテレビが得意とした大画面テレビが液晶に侵食され、世界出荷台数で1割以下になったのです。テレビはコモディティ化(汎用 化)が急速に進み、円高もあって日本企業は薄型テレビの国際競争力を失っていきました。2011年薄型テレビの世界シェアは、1位がサムスン電子、2位が LG電子と韓国勢が世界の37%以上を占めることになりました。
 プラズマテレビは、1992年に富士通が世界で初めて開発しました。プラズマテ レビとは電極板に挟まれたセルにネオンガスを封入し、電圧をかけることでプラズマ放電を起こし発生した紫外線が蛍光体に当たって発光するもので、各セルが RGBの3色を発光するものです。つまり多数のカラー表示蛍光灯がならんでいるようなものです。独自の特徴を有していますが価格では液晶に分があります。


2013/03/05 (721 ヒット)

 宇宙の大きさはどれほどだろうと思ったことはありませんか?
 地球は太陽系の一部を構成しており、その太陽系は銀河の一部でしかも銀河の端部近くに小さく存在しています。そのような銀河がこの宇宙には無数に存在しています。それを想像するだけでその大きさは驚きです。
  光は秒速約30万kmの速度で宇宙空間を進みます。その光が1年かかって進む距離である9兆4600億kmは1光年と呼ばれます。現在地球に届いている最 も古い光は約137億光年前に放たれたものであり、これは宇宙誕生のビッグバンから約40万年後に発せられた「ビッグバンの残光」とされています。
  時間という観念に立てば、私たちが知ることができる宇宙の果ては137億光年になります。しかし宇宙は膨張を続けているため137億年前に光を発した地点 は、現在では470億光年先の距離にあります。地球が宇宙の中心にあるとは考えにくいので、宇宙は半径470億光年の球体よりも外側にあるだろうと考えら れます。
 これが現在の宇宙の大きさに関する結論です。
 宇宙に「果て」はあるのかという質問もあります。これに対しては、空間は曲がることが可能なので「宇宙は有限だがそこに果てはない」という解釈がされています。


2013/02/26 (692 ヒット)

 1秒の国際的な定義は、1956年まで地球が自転する時間(1日)の8万6400分の1とされていました。これだと約100日で1秒狂うそうです。 1956年~1967年には、地球が太陽の周りを回る時間(1年)の約3155分の1とされました。これだと数10年で1秒狂うそうです。
  1967年以降は、セシウム原子を使う方式になりこれが現在も1秒の定義になっています。セシウム原子は、1秒間に91億9263万1770回という振動 数の電磁波を吸収するので、これを利用する方式です。この原子時計が全地球測位システムGPS衛星にも搭載されています。しかしこれでも約3000万年に 1秒の誤差が出るといいます。
 そこで日本が開発をリードしているのが光格子時計です。格子点に1つずつ計100万個の原子を閉じ込めて相互作用 を起こさせないようにした原子時計です。東京大学はストロンチウム原子を使う方法、産業技術総合研究所はイッテルビウム原子を使う方法で開発しました。光 格子時計では、宇宙誕生以降の137億年動かしても誤差は1秒以下だというので驚きです。


2013/02/18 (560 ヒット)

 テレビの和風総本家で紹介された「浅草寺のチタン瓦」ですが、第2回日本ものづくり大賞経済産業大臣賞を受賞しています。チタン瓦は2007年の浅草寺 宝蔵門の屋根に採用され、2009年から2010年にかけて行われた本堂の改修工事においても、本堂屋根のふき替えにチタン瓦が採用されました。
 浅草寺は東京大空襲で焼失して、昭和33年に鉄筋コンクリート造りで再建されましたが、屋根には日本瓦(土瓦)が採用されていました。その8万9000枚の瓦が2010年からチタン製に替えられ、930トンあった屋根重量は5分の1(180トン)になったそうです。
  チタン瓦は、厚さ0.3mmのチタン板をプレス成形してから、いぶし調の表面処理を施して作られます。製造しているのは(株)カナメのルーフシステム事業 部で、工場は福島県喜多方市にあります。日本瓦の焼きムラ質感を出すために微妙に色を変えた3色のチタン瓦を不規則に並べているといいます。
 チタン瓦は軽量で耐食性に優れますが、コストは従来土瓦の3倍程になるようです。災害に強い建造物にしたいという思いがあるとのことです。


2013/02/13 (618 ヒット)

 新聞印刷はかつては活版印刷方式でしたが、今ではオフセット印刷方式になっており、しかもカラー印刷ページも増えてきています。短時間での高速印刷が求 められるため、新聞印刷専用の大型輪転印刷機が使われており、国内では東京機械製作所と三菱重工印刷紙工機械が新聞印刷機の代表的メーカーです。
  例えば朝日新聞を印刷している朝日プリンテックの新聞輪転機では、1時間に18万部(1秒間に50部)を刷るため輪転機内の用紙搬送速度は時速 49km(毎秒13.6m)にも達するといいます。朝日プリンテックは、全国に11の印刷拠点を有し委託工場も含めて29拠点で分担して800万部の新聞 を印刷しています。
 輪転印刷機は高さ15m全長24mという巨大な設備です。印刷機は床下に供給された重さ1.2トンのロールから紙を真上方向に搬送しながら、その両面に同時にオフセット印刷する印刷ユニットを5基有しており、モノクロ印刷ユニットとカラー印刷ユニットとがあります。
 5基によって印刷された5本のロール紙は、それぞれ縦方向に分断されることで、同時に10本の印刷済み長尺紙ができるので、それを全部重ねながら折って裁断することで40ページの新聞が次々と完成します。


2013/02/06 (568 ヒット)

 タブレット端末というのは、簡単に言えばタッチパネルと表示装置を備えたオールインワン型の携帯型情報端末コンピューターであるといえます。代表的なも のが2010年に登場したアップル社のiPadであり、世界中を驚かせました。その世界シェアは6割を超えます。iPadのライバルがグーグルのOS 「Android」を搭載した機種で、例えばサムスンのGALAXY.Tabなどです。
 一方でiPhoneのようなスマートフォン携帯電話があ ります。画面サイズで見るとiPadは9.7インチでiPhoneは3.5インチと両者の違いが明確です。最近になってこの中間に位置する7インチタブ レットが発表・発売されています。アップルが7.9インチのiPad miniを2012年11月に発売(28800円~)します。アマゾンも7インチのKindleFireキンドルファイアを12月に日本で発売 (15800円)します。一方グーグルのNexus7も7インチで発売済(19800円)です。ちなみにキンドルは、主に電子書籍用途であり初代から電子 ペーパーEink方式でしたが、7インチのファイアはカラー液晶表示です。
 一方日本勢ではNECが最軽量を誇る7インチのメディアスタブUL を、シャープが高精細画面を誇る7インチのアクオスパッドSHTを、東芝が有機ELパネル使用のレグザタブレットATを発売・発表しています。7インチは 中途半端とも言われますが、タブレット端末はこの先どうなるか注目されます。


2013/02/01 (676 ヒット)

 2011年に国内で最も売れた車は、ハイブリッド車プリウスが約25万台でダントツのトップでした。ハイブリッド自動車とは、2種類以上のエネルギー貯 蔵装置(ガソリンタンクとバッテリー)と、2種類以上のエネルギー変換装置(ガソリンエンジンとモーター)を持つ自動車のことを言うそうです。
  トヨタでは「普通の車の2倍の燃費の車を作ろう」という目標から、ハイブリッド車の開発に挑戦したそうです。1997年初代プリウスの燃費は28km/l で、当時のカローラの燃費14.6km/lの2倍に近い値を実現しました。しかし実際に使ったお客様からいろいろな不満が寄せられ、2003年の2代目プ リウスでは、走りと燃費の両立を目指した改良を行い燃費は31km/lに改善しました。2代目プリウスでは、バッテリーの電圧(201V)をインバーター (コンバーター)によって500Vに昇圧することで効率を改善しました。2009年の3代目プリウスでは、電圧は650Vに昇圧しています。
 2012年のアクアでは燃費40km/lを達成しました。燃費をよくするために特に必要なことは、
(1)エンジン自体を改良する
(2)エンジンは燃費のよいところで使う
(3)エンジンを止めておく
(4)エネルギー回生を行う、の4つだそうです。
 ガソリンエンジンとモーターのトルク特性を把握して最適に使い分けするということが重要です。ちなみにプリウスの動力伝達系にはクラッチがありません。したがって例えばバックするときは必ずモーター駆動(逆転)になります。



2013/01/28 (556 ヒット)

 NHKスペシャルで「ウォークマンはなぜiPodになれなかったのか」というのをやっていました。私は東京でソニー歴史資料館を見学してきました。そこ には偉大な創業者井深大と盛田昭夫がめざした開拓精神を感じられる多数の展示がありました。1950年に東京通信工業が日本初のテープレコーダーG型 (16万円)を開発・発売したところから歴史は始まります。井深が数日かけて書いたという設立趣意書(レプリカ)もありました。
 飛行機の中で音 楽を聞きたいから小さいカセットプレーヤーを作ってほしいという、ソニー名誉会長井深大の依頼を受けてソニーの技術者が、カセットテープレコーダーから録 音機能とスピーカーを取り除いてコンパクト化したものを作りました。これを見たソニー会長の盛田昭夫が商品にすることを決めました。こうして1979年に ソニーから発売 されたのが世界初の携帯型音楽プレーヤー「ウォークマン」です。いつでもどこでも個人で音楽を聞くことができるという新しい文化を生み出 しました。2006年まで世界累計3億7000万台が出荷されたヒット商品になったのです。音楽メデイアはカセットテープからCDへそしてMDへと変わっ ていきました。
しかし2001年にパソコンメーカーのアップルが、iPodを発売してそこから歴史は大きく変わりました。ソニーも同じことがやれたはずなのにできなかったのです。


2013/01/21 (755 ヒット)

 紙を綴じるのに欠かせないのがホッチキスですね。これは19世紀にアメリカのホッチキスという人が発明したとされているため、日本ではホッチキスと呼んでいますが、英語では「ステープラー」と言います。日本には1903年から輸入されましたが、それらは卓上型で大きくて重いオフィス用のものでした。1952年に山田興業(現在のマックス)から発売されたのが、小型化された10号タイプホッチキスです。手のひらに収まる大きさで指先で簡単に綴じることができ、個人用文具への道を開きました。
10号タイプホッチキスは、その後改良を繰り返しながら進化してきましたが、結果的にこの針サイズはスタンダードになりました。1985年にはコピー機に組み込まれて自動で紙を綴じる装置が開発されました。1987年にはフラットクリンチタイプが開発され、裏側の針のふくらみがほとんどない方式が発売されました。
針の製造方法ですが、鉄線を数百本並べて圧力をかけて接着剤でくっつけて帯状にし、それを切断、曲げ加工して作られるそうです。針先をよく見ると片側エッジではなく中央エッジになるように切断されています。


2013/01/15 (790 ヒット)

 1887年のこと、浜松尋常小学校には日本に数台しかないアメリカ製のオルガンが設置されていました。これがある日、音を発しなくなり修理してくれるところを探したのです。すると医療機器の修理工をしている山葉寅楠という男がいることがわかり、修理を依頼しました。山葉はさっそくオルガンを分解調査して原因をつきとめました。ところが山葉は修理する前に、内部構造のスケッチを始めてその構造を理解したのです。
その後山葉は、一つ一つ手作りで部品を作り、何度も試行錯誤を繰り返しながらようやく国産初のオルガンを完成させ、1888年に「山葉風琴製造所」を設立しました。これがヤマハのスタートです。1897年には「日本楽器製造株式会社」を設立し、1900年にピアノ製造を開始しました。ピアノ製造で木工技術を身につけたことから、戦時中には木製プロペラ製作を始め、プロペラの実験のためにエンジンを作るようになりました。これが1954年からのオートバイ作りになって、現在のヤマハ
発動機につながっています。
ヤマハは電子オルガンの研究を長く続けて、1959年ついにトランジスタを採用した国産電子オルガンを完成させ、これに「エレクトーン」と命名しました。1979年には小型軽量で多彩な音色を内蔵したポータブルキーボードを発売しました。他にもヤマハ音楽教室などを通して音楽教育の発展に貢献してきています。


2013/01/10 (646 ヒット)

 ファクシミリの原理を世界で最初に考案したのはイギリスのベインで、それは電話が発明される33年も前のことです。しかしなかなか実用化はされませんでした。 ファクシミリの国産第1号誕生の裏には、日本電気の若き技術者たちの苦闘がありました。1928年昭和天皇即位に当たって行われる御大典の様子を、リアルタイムで全国に報道したいという新聞社の要請によって、国産ファクシミリは誕生しました。
日本の新聞社はまず、ドイツのシーメンス式やフランスのベラン式写真電送機を購入してこれに当たろうと考えました。ところが試験の結果全てうまくいかなかったのです。そこで試しに日本電気の丹羽と小林が開発したNE式実験機を試したところ、写真画像をきれいに送ることができたのでした。そこで日本電気では、天皇即位に間に合わせるべく開発と評価を繰り返しました。結果的には、当日の天皇陛下の写真が京都や伊勢神宮から東京や大阪に送信できたのです。
ちなみに当時のファクシミリ方式は、送信側のドラムに巻いた写真の濃淡を光学的に走査して読み取り、信号を回線に送って、受信側ではドラムに巻いた印画紙に信号に応じた光を当てて画像を感光させるというものでした。つまり銀塩写真技術を用いたアナログ方式といえます。


2013/01/07 (729 ヒット)

山中教授のノーベル賞受賞が決まって一躍有名になったiPS細胞は、正式には人工多能性幹細胞(induced Pluripotent Stem cell)といいます。
もともと全ての細胞になれる究極の多能性(万能性)を持った細胞としては受精卵があります。人の体にある200種以上60兆個の細胞は、このたった1個の受精卵がどんどん分裂をしてできたものです。受精卵は分裂を繰り返すうちに、ある細胞は神経に、ある細胞は血液に、ある細胞は筋肉に、と大きなグループごとに分かれていきます。そして各細胞はいったん役割が決まってしまえば、いろんな細胞に変化する力はなくなってしまうのです。
ところが、皮膚の細胞にいくつかの遺伝子(4個)を放り込んだら、まるで受精卵の中にある細胞とそっくりの多能性を有する細胞ができてしまいました。これがiPS細胞です。マウスではこのiPS細胞から精子や卵子もできています。iPS細胞から神経や臓器などを作り出すことで、再生医療に大きな道が開ける可能性があるので期待されています。ところでiPSと名付けたのは山中教授ですが、先頭のiが小文字なのはiPADを真似たのだとか。


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