佐藤光雄(技術士:機械、宮城県)
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 2015/10/26 (451 ヒット)

 46億年前に地球が誕生しました。もちろん生物はいませんでした。海ができて海の中でいろいろな物質が作られていき、38億年前に最初の生命が誕生します。それは酸素を必要としない原核生物(細胞内に核をもたない)であったと考えられています。
 27億年前になって、二酸化炭素を取り込んで酸素を出すシアノバクテリアが誕生しました。その結果、シアノバクテリアによって地球上に酸素がつくられ、その次に酸素を利用する生物である細菌が誕生しました。
 実は人類の祖先は、酸素を使わない原核生物であると考えられています。その原核生物の細胞の中に、酸素を使う細菌が入り込んで一体化しました。これを「細胞内共生」といいます。こうしてできたのが真核生物であり、細胞内細菌が現在のミトコンドリアになりました。
 ミトコンドリアとは細胞内小器官であり、ミトコンドリアの中にも独自のDNAがあります。ミトコンドリアを持って酸素を使えるようになった真核生物が、現在の動物の細胞となったのです。
 一方この真核生物がさらにシアノバクテリアを細胞内に取り込み共生した結果、光合成ができるようになったのが、現在の植物の細胞であると考えられています。
 ですから、ミトコンドリアは動物細胞にも植物細胞にも存在しますが、葉緑体は植物細胞にしか存在しないのです。

記66


 2015/10/26 (498 ヒット)

人類にとって月の表面よりもわかっていないとされるのが「地球の深海」といわれます。深海はかつて「暗黒の世界」と考えられていましたが、近年では豊かな生態系があることがわかってきました。
 水深6500mまで潜れる有人潜水調査船「しんかい6500」は、1990年に運用を始めて以来25年間に潜航回数は1417回を数えます。1989年の試運転で当時の有人最大潜航深度6527mを達成しました。
 しんかい6500は長らく世界最深の有人潜水調査船でしたが、2012年に中国の有人船が7000mの潜水に成功してこれが世界一になりました。
  水深6500mになると、1平方センチ当たり680kgの水圧がかかります。しんかい6500の耐圧殻は、厚さ73.5ミリ、内径2mのチタン合金製球形 で3名の乗員を守ります。三菱重工神戸造船所でつくられました。この球の真球度は1.004と高精度です。3つののぞき窓はメタクリル樹脂製で厚さは14 センチ。
 深さ6500mまでの往復にそれぞれ2時間半かかるので、実際の調査可能時間は3時間ほどに限られます。
 しんかい6500では世界の海の98%に潜ることができますが、世界で最も深いマリアナ海溝は深さ1万911mもあります。
 2011年8月にしんかい6500は東日本大震災の震源近く水深5351mで、無数の亀裂を発見しました。これは東日本大震災を起こした断層のズレが造った亀裂でした。

記65


 2015/09/02 (522 ヒット)

1964年に立石電機(現オムロン)が近鉄と自動改札の研究を始めたのが最初であり、本格的な実用化は1967年京阪急行電鉄(現阪急)北千里駅に設置された立石電機のマシンで、これが世界初の自動改札機でした。
その後関西圏では自動改札機の導入が進みましたが、関東では複雑な相互乗り入れが多くなかなか進みませんでした。
しかし1987年の国鉄分割民営化後にJR東日本は、駅の機械化に力を入れることになりました。
その大きな柱が自動改札機であり、1990年になって山手線に本格導入します。自動改札機は実は巨大なコンピューターシステムで成り立っています。自動改札は磁気乗車券で始まりましたが、磁気カードに比べてセキュリテイーレベルが高く記憶容量も大きく非接触化可能な、ICカードが望まれていました。
非接触ICカード乗車券システムは、1997年に香港において世界で最初に実用化されました。日本ではJR東日本が2001年にSuicaを導入してから一気に広がっていきました。Suicaは、Super Urban Intelligent Cardの略です。
Suicaが採用したのはソニーが開発したFelicaであり、日本ではこれが最も多く利用されています。自動改札の要求に応えることができたのはFelicaだけだったのです。0.2秒でデータの処理ができます。
2004年にはJR東日本のSuicaとJR西日本のICOCAの相互利用がスタートしました。2005年には携帯端末を乗車券として利用できるサービスも始まりました。

記64


 2015/09/02 (535 ヒット)

「漆」と書いて「うるし」と読みます。ウルシは、東南アジア一帯に生育する「うるしの木」から採集される樹液であり、天然の樹脂塗料です。日本では縄文時代遺跡からもウルシを使ったものが見つかっているほど歴史は古いものです。
飛鳥時代や奈良時代に仏具や仏像や彫刻などにウルシが使われ、平安時代になると工芸品や建造物にも使われるようになります。漆部と呼ばれる専門集団が生まれ、蒔絵(まきえ)や螺鈿(らでん)といった新しい技法が確立されていきます。
室町時代には欧州に向けて日本の代表的輸出品として出て行きました。漆芸品をJAPANと呼ぶのはこうした事実によります。明治になって精巧な蒔絵や螺鈿を施した漆芸品が世界の博覧会に出品されて、高い評価を得るようになります。
ウルシの主成分であるウルシオールは、ラッカーゼ酵素の働きで、適温・適湿環境で酸化重合を繰り返して乾くといった他には見られない独自の乾燥方式をとります。
漆器は使うほどにつやが増し、年月を経て味がでてきます。完全に乾燥したウルシは各種薬品にも侵されず抗菌作用を持っているので、100年以上持ちます。
ウルシ自体は中国や韓国でも採れますが、その漆芸技術では日本がダントツです。ウルシは国内でも採れますがそれらは国宝級の修理に使われるので、一般には中国産が使われています。黒漆の色材は鉄粉であり、漆の中に鉄粉を入れて1~2ヶ月寝かせておくと真っ黒な漆ができます。
ウルシは金箔を木地などに接着する用途でも使われ、金色堂や金閣寺などでも採用されています。

記63


 2015/09/02 (499 ヒット)

「ロボット」という言葉は、1920年に劇作家チャペックが創り出しました。そして1950年に科学者アシモフが、自身のSF小説の中で「ロボット工学三原則」を提唱します。例えばその第一条は、「ロボットは人間に危害を加えてはならない‥」のように、第三条まであります。
ロボットには「産業用ロボット」と「人型ロボット」とがあり、日本はそのいずれにおいても、研究と実用化に世界で最も盛んな国です。
かつては日本でも西洋でもたくさんのからくり人形が製作された背景があり、人々はロボットにあこがれました。手塚治虫が鉄腕アトム連載を開始したのが1951年、横山光輝が鉄人28号の連載を開始したのが1956年です。
1960年に米国ユニメーション社が、世界初の産業用ロボット「ユニメート」を発表して、翌年には米国AMF社が「バーサトラン」を発表しました。これらは、プログラム制御型で駆動源は油圧方式でした。
川崎重工がユニメーション社と技術提携して、国産「ユニメート」の生産を開始し、これが自動車生産の車体溶接や塗装に活用されたのが、日本における産業ロボット活用の始まりです。1970年代に入って、ファナック、富士電機、安川電機が参入しました。こうしてまずは産業用ロボットからスタートしたのです。
1986年ホンダがロボット開発を開始、最初は二足歩行原理究明から始めました。そして1993年に二足歩行ロボットP-1を完成させ、1996年に世界初の人間型自立二足歩行ロボットを発表し、2000年には有名なASIMOを発表しました。
1999年にはソニーがAIBOを発売しました。
2015年夏にはソフトバンクから世界初の感情認識型パーソナルロボット「ペッパー」が一般に発売されます。現在は人工知能開発が進み、人型ロボットは今後ますます進化していくと思われています。

記62

 


 2015/08/19 (483 ヒット)

 超音波とは、人間の耳には聞こえない高い周波数をもった音波のことで、一般には20キロヘルツ以上とされています。ちなみに人間の可聴周波数は20ヘルツ~20キロヘルツといわれます。
 自然界には、人間の耳に聞こえない超音波を利用している動物がたくさんいます。
 その代表はコウモリやイルカです。コウモリは夜行性であり、暗い洞窟の中でも自分が発する超音波の反射波を聞き分けることで、衝突することなく自由に暗闇の中を飛行できることはよく知られています。犬笛も犬には聞こえる超音波を利用したものです。
  音波の速度はそれが伝わる媒体によって変化します。空気中では約340m/秒ですが、水中では1480m/秒と速くなり、鉄の中では5900m/秒にもな ります。そして媒体の温度でも変化し、高温になるほど速くなります。音波は水中においては、空気中よりも遠方まで届きます。
 1830年にフランスのサバールが、振動はしているのに人間の耳には聞こえない領域があることを確認したのが、超音波の存在を知った始まりとされます。
 1912年のタイタニック号沈没事故によって、海上の遠方にある氷山を早期に発見することが求められ、 1917年にフランスのランジュバン博士が実用的なアクティブソナーを開発しました。
 アクティブソナーの原理は「やまびこ」と同じで、音波を出してその音波が反射して戻ってくるまでの時間から距離を知るというものです。
 超音波の用途には、魚群探知、非破壊検査、各種計測、医療診断、超音波洗浄、超音波モーター、超音波溶接、加湿器などがあります。


 2015/08/07 (523 ヒット)

 飲料用に使われているアルミ缶の国内消費量が2014年に初めて200億本を超えました。
 軽くて輸送に有利なため、かつて主流だったスチール缶からの切り替えが進んでいます。これまでミルク入り缶コーヒーには使われていませんでしたが、コカコーラがミルク入りジョージアにもアルミ缶を採用しました。
  アルミ缶は1963年に米国アルコア社がイージーオープンのアルミ蓋を開発したのが始まりで、その後DI加工法が開発されて、国内でも1971年にはオー ルアルミのDI缶が登場しました。その後ビール缶を中心に急速に拡大します。ちなみにアルミ缶胴の全自動DI加工マシンでは毎分200~300缶が製造さ れるそうです。
 アルミ缶は当初、ビールや炭酸飲料など内圧がかかり変形しにくい飲料用に用いられましたが、やがてそれ以外の飲料にも採用されるようになりました。2002年にはついに生産量でスチール缶を逆転しました。鉄の3分の1の軽さで錆びにくいことが受け入れられたのです。
  1980年代後半になって環境問題から、ステイオンタブ方式に変更になったことは、アルミ缶メーカーにとっては大きな変化でした。1996年に小型PET が解禁になってPETボトルへの転換が進みましたが、これに対抗すべく2000年にはアルミボトル缶が開発されました。
 アルミ缶は薄肉化が進められ、350ml缶では25年間に質量は3分の2になりました。リサイクルも進んでおり、国内でのアルミ缶リサイクル率は約93%になります。


 2015/07/20 (591 ヒット)

 今では誰もが便利に使える電話器ですが、ここに至るには歴史的変遷があります。
 1876年に米国でグラハム・ベルが電話器の特許を出願しました。これが一応始まりとされています。
 日本では1890年に東京と横浜を結ぶ電話サービスが開始されます。
初期の電話器にダイヤルはなく、交換手を呼び出して相手につないでもらう方法でしたが、1926年から自動交換機(ステップバイステップ方式)が導入されます。
  1952年に日本電信電話公社(NTTの前身)が設立されます。1955年にはクロスバ交換機が導入され容量の拡大等に対応できるようになります。その後 電子交換機を経て1982年にはデジタル交換機になり、1997年に日本全国の交換機はデジタル化され、音声や制御信号が全てデジタルになりました。
 日本で一般家庭に電話器が普及したのは1970年代以降です。当時はダイヤル式黒電話でした。受話器を取れば電流がつながり、ダイヤルと回すとスイッチオフになりダイヤルが戻るときにオンになって数字に応じた回数だけ電流を流すしくみで相手の電話番号を発信します。
 アナログ式は、電流の変化そのものを情報として伝送することでマイクやスピーカーにより音声に変換していました。またこの黒電話は停電時にも使うことが可能でした。
 公衆電話も普及しました。一般には緑色電話器ですが他に簡易公衆電話としてピンク電話器がありました。
 2004年にIP電話サービスが始まり、現在では携帯電話が一般化して家庭用固定電話や公衆電話はどんどん減っています。


 2015/07/17 (630 ヒット)

 トヨタ自動車が2014年12月に発売した燃料電池自動車MIRAIを見てみます。
 水素の充填所要時間は約3分。航続距離は約650キロ。車両重量は1850キロ。価格は税込み723万円です。
  心臓部は燃料電池スタックであり、これは燃料電池のセルを370枚直列につないで最大114キロワットの発電能力を実現しています。その重さは56キロ。 このスタックによって水素と酸素を化学反応させて発電をし、その電力を車体前方のモーターに送って前輪を駆動します。余った電力や減速時の発電エネルギー は蓄電池にためて利用します。
 燃料電池から送られる電力は直流ですが、MIRAIのモーターは交流で動作します。そこで、パワーコントロールユニットによって直流と交流の変換を行っています。なお交流モーターは減速時には発電機の役割を果たします。
 燃料の水素は高圧水素タンクに700気圧に圧縮して搭載してあります。水素タンクは炭素繊維強化プラスチックとガラス繊維強化プラスチックなどの3層構造からなり、それを2本積んでいます。
 ところで現在の水素生産方法の主流は、天然ガスの主成分であるメタンに水蒸気を加えることで最終的に水素と二酸化炭素ができる原理を利用しています。これでは本来の、化石燃料に頼らない水素社会という目的を達成していませんので、まだまだです。


 2015/06/09 (646 ヒット)

 35億年前に地球上に生命が誕生しました。1種類だけです。20億年前に植物が光合成を始めるようになって地球上に酸素ができました。15億年前になっ て真核生物が誕生します。これで生物の多様性が可能になり、酸素を使う動物が生まれ、5億年前のカンブリア期には生物多様性の爆発が起こります。
 地球上の生物種の数は5000万以上といわれますがよくはわかっていません。その中で最も数が多いのは昆虫であり、全種類の中の50%を占めます。そしてその昆虫の中でさらに50%を占めるのが甲虫です。
 哺乳類はたったの4000種類、鳥類は9000種類です。5000万以上もあるとされる生物の中で、名前がついているのは200万種だけです。生物が初めて誕生したときは1種類でした。それが35億年の歴史を経て5000万以上に増えたのです。
 細胞核の中にDNAを閉じ込めた真核生物では、生殖細胞だけが連続してDNAを残して生き残っていき、それ以外の体細胞は一代で終わりです。生殖細胞によって生命の連続は維持されています。
 生物の体を構成している体細胞は、大事な生殖細胞を次世代につなげるために存在するとさえ言えそうです。


 2015/06/04 (621 ヒット)

 アメリカのエジソンが世界初の発電所を建設したのは1882年のことであり、ものすごく長い人類の歴史の中でわずか130年ほど前のことです。つまり人 類は長い間「電気」を使わずに生活してきましたが、このたった130年の間で電気なしでは生活できなくなってしまいました。
 私たちは電力によって、光源(照明)、熱源(加熱、暖房)、動力源(家電、産業用モーター)などを得て生活が成り立っているので、今では欠かせないものになっています。
 電力が有用な理由は
(1)電気は非常に汎用性が高く多様な用途に使えること
(2)電気は電線さえつなげば簡単に送り届けられること、でしょう。
  電気の流れを決めているのは電位差です。電気は電位の高いところから電位の低いところへ流れます。電位差のことを電圧と呼びます。電圧は電流を流そうとす る働きの強さです。例えば乾電池の場合プラス極がマイナス極よりも電位が高くなっているので、電線をつなぐとプラス極からマイナス極へ電流が流れます。
発電所から電流を送電する場合、電力の一部は熱に変化して失われます。日本の送電ロスは約5%といわれますが、送電ロスは電流の大きさの2乗に比例して大きくなります。
 そこでロスを最小にするために電圧を高くして電流値を下げて送電しているのです。巨大な鉄塔で送られる高圧線は50万ボルトにもなります。


 2015/06/01 (593 ヒット)

 ボンカレーやポカリスエット、カロリーメイトの生みの親とされる大塚ホールデイング会長の大塚明彦氏が昨年11月に死去しました(77歳)。徳島の製薬会社大塚製薬の3代目であり、会社を世界的な企業に育て上げました。
 1960年に中央大学工学部を卒業して大塚製薬に入社し、1976には38歳で社長に就任。その後ヒット商品を連発させ、国内外150社に及ぶ大塚グループの総帥になったのです。人前に出ることが少ない経営者であったといいます。
 レトルト食品とは、機密性・射光性を有するパウチ(袋)または容器を用いて、内容物を完全に密閉し加圧加熱殺菌処理を行った食品のことです。広義には缶詰も含みますが、一般にはレトルトパウチ食品を指します。
  レトルト食品が一般に知られるようになったのは、アメリカのアポロ11号に宇宙食として積み込まれ利用されたことがあります。一般に入手可能な世界初のレ トルト食品は、1969年に大塚食品から全国発売された「ボンカレー」です。これは「3分温めるだけですぐ食べられる」という宣伝文句でした。
 現在では多数のレトルトカレーが販売されて利用されています。レストランなどでも活用されるようになっています。国内のレトルト食品消費量は年間30万トンであり、国民一人当たり2.4キロにもなります。


 2015/05/29 (659 ヒット)

 日本は自動販売機王国といわれています。その理由の一つが治安の良さです。国内の普及台数は384万台(2013年)で売上高は5兆円を超えるといいます。
  世界最古の自販機は紀元前215年頃の古代エジプト聖水自販機とされています。日本では、1962年にコカコーラが日本に進出して以降、飲料自販機の普及 が始まりました。特に日本での普及拡大に貢献したのには、1967年に新100円/50円硬貨が発行されたことがあります。
 1968年に国鉄が乗車券自動販売機を導入しました。1974年には日本独自の「ホット&コールド機」が登場しました。これは1台で暖かい飲料と冷たい飲料を同時に販売するものです。
  自販機を分類すれば「飲料」「食品」「たばこ」「券類」「日用品雑貨」となりますが、飲料自販機が最も多く67%を占めています。たばこと酒の自販機につ いては年齢制限に関する課題を抱えています。自販機メーカーの業界1位は富士電機で、6割のシェアを握ります。他にはサンデン、パナソニック、クボタなど があります。
 技術的には消費電力低減が進んでおり、コールド商品冷却の排熱をホット商品に再利用するヒートポンプや、部分冷却・加熱方式や、環 境の明るさに応じた消灯、LED照明、IH加温などがあります。ピークカットといって、7~9月の13~16時には冷却機能を停止することも行われます。


 2015/05/26 (646 ヒット)

 明治5年、日本の学校制度スタート時にアメリカから日本に黒板が持ち込まれたのが、国内での実質的な黒板の始まりとされています。明治7年以降は国産の 黒板製造が始まりました。学校では長くチョークと黒板(実際は緑板)による授業が行われてきて、現在もそれは続いています。黒板を消すときに粉が飛ぶので 吸引式の黒板消し掃除機も設置されています。まぜか学校ではホワイトボードにはなっていません。今も緑色の黒板とチョークが使われているようです。
 さて沖電気がファクシミリの技術を活用して新しい商品を開発しようとして、思いついたのが電子黒板でした。こうして1984年に初の電子黒板「かわら版」を商品化ました。
板書したものがそのままプリントされる便利さから、特に企業内の会議や打合せなどの用途にヒットして、多数の企業が電子黒板に参入しました。
 電子黒板(実際は白板)とは、ホワイトボードに書かれた内容をスキャンプリント可能なものをいいますが、最近ではパソコンと連動可能なインタラクティブホワイトボードをもみます。こうなると板書記録よりもコミュニケーションツールであるといえます。
 「かわら版」は5面巻き取り式でしたが、1986年には画期的な4面エンドレスタイプが登場しました。その画像プリント方式は、当初感熱紙へのサーマルプリント方式がほとんどでしたが、やがて普通紙が使えカラーも可能なインクジェットプリント方式に移っていきました。


 2015/05/21 (586 ヒット)

 インフルエンザなど、私たちの周りにはウイルスが引き起こす病気が多数存在しています。1898年オランダのベイエリンクが、タバコモザイク病は細菌を通さない濾過器をも通過してしまう病原体によって起こることを明らかにしました。
 ヒトの病気で濾過性病原体として最初に発見されたのが高熱病の病原体です。これは野口英世が研究してこれに感染して亡くなったとされる(異論のあり)ものです。
 1932年にドイツで透過型電子顕微鏡が発明されて、それまでの光学顕微鏡では決して見ることのできなかったウイルスがようやくその形を現しました。
 1967年に電子顕微鏡画像から三次元像を再構成できるようになって、ウイルスの構造が明らかになりました。
  ウイルスの基本構造は、遺伝子(核酸の集まり)とそれを包んだたんぱく質の殻からなっています。ウイルスはさまざまな大きさと形をしています。特にT4バ クテリオファージと呼ばれるものはすごい形態です。まさに人工物ロボットです。正20面体の頭部(DNAが入っている)と6本の脚を有し、バクテリアに取 り付くとドリルで表面に穴をあけ、そこから自分のDNAを相手に注入するのです。


 2015/05/18 (669 ヒット)

 セイコーが国産初の腕時計「ローレル」を世に送り出したのが1913年であり、そこから100年以上が過ぎました。
 1860年江戸に生まれた服部金太郎は、1881年に服部時計店を創業し、1892年に掛け時計製造元として精工舎(現セイコー)を設立しました。
 1956年には国産初の自動巻き腕時計「オートマチック」を発売し、1969年には歴史的革命を生んだ世界初のクオーツ時計「クオーツアストロン」を発売したのです。
 クオーツ時計とは、石英の一種である水晶に電圧をかけた際の振動を元にして1秒を作り出している時計です。それまでの機械式時計が日差±20秒というときに、月差±5秒という驚異的な精度と電池寿命が1年という性能で世界を驚かせました。
 2012年には世界初のGPSソーラーウオッチを発売しました。これは地上2万キロにあるGPS衛星から位置情報と時刻情報を取得し、世界中どこにいても今いる場所の正確な時刻を表示できる世界で唯一の腕時計です。
 ところでチラシやカタログに示されている時計の時刻は何時を指しているかご存知ですか?セイコーは10時8分42秒で、シチズンは10時9分35秒で、カシオは10時8分37秒になっています。カシオのデジタル時計の場合は10時58分50秒です。


 2015/05/16 (597 ヒット)

 3.11東日本大震災により再生可能エネルギーが基幹エネルギーとして注目されています。水力発電もその一つです。水力発電とは、水の位置エネルギーを 利用して発電を行うものであり、その発生電力は流量と落差で決まります。一般には河川をダムでせき止め、導水路で水槽に導き水圧管路で発電所の水車へ一気 に落として水車を回し、連結された発電機で発電を行うようになっています。
 日本の水力発電の歴史を見ると、明治21年に仙台市の三居沢発電所が 事業用として電力供給を開始したのが記録では日本初とされています。明治後期から大正、昭和にかけて、大規模な水力発電所が全国各地に建設され、一時は水 力発電量が火力発電量より多い時期が続いたこともありました。
 しかし現在では、水力発電のためのダム建設は自然環境破壊等の問題があり、さらに調査から建設まで長い期間が必要なことから建設は敬遠されるようになっています。そこで大規模水力ではなく小規模水力発電への転換が模索されています。
 ちなみに日本の2008年の発電電力量では、火力が約70%、原子力が約23%、水力は約7%でした。


 2015/05/16 (506 ヒット)

 建築物が高層化している現代においてエレベーターはなくてはならないものになっています。また高齢化によって、一般住宅でも簡易エレベーター設置が進む と考えられています。一般的なエレベーターの基本構造は、実は19世紀からほとんど変わっていません。それが「つるべ式」で、人が乗る「かご」と釣り合い を取るための「おもり」が、井戸のつるべのようにロープ(ワイヤー)でつながっているものです。
 現在では速度コントロール技術と停止位置コント ロール技術、そしてなによりも万一の場合の安全対策技術が進んでいます。機構は動滑車を用いることで巻き上げ電動機の出力を低減しています。万一ワイヤー が切れても、かごを上下動案内しているガイドレールにくさびを用いたブレーキが作用することで即座に停止します。
 日本では明治23年に、浅草に12階の凌雲閣ができたときにエレベーターが設置されたのが、電動エレベーターの最初といわれます。日本のメーカー3社(三菱、日立、東芝)がエレベーターのスピード競争を繰り広げています。


 2015/05/16 (530 ヒット)

 私たちの家庭に配電されている電気は交流100Vですが、なぜ交流なのでしょうか。
 今から130年前にエジソンは、直流配電を提案して電力事業を行いました。最初はアメリカ合衆国の送電は直流だったそうです。
 しかしエジソンはウエスチングハウス社との電流戦争に敗北して、結果的には交流方式に軍配が挙がったのです。交流送電のメリットは、変圧器によって容易に電圧を変えることができるので、高電圧で送電することで送電損失を小さくできることにあります。
 日本では現在27.5万~50万ボルトの高電圧で送電され、それが一旦6600Vにされてから更に100Vに変圧されて一般家庭に送られています。
 変圧器のしくみは、コイルを二つ並べて片方に交流を流すともう一方のコイルにも電流が発生し、コイルの巻き数を変えることで電圧を自由に変えられるというものです。
 ちなみに国内でも部分的には直流で送電されているものも存在しています。
 例えば電車の場合には直流送電方式と交流送電方式とがあります。


 2014/09/29 (884 ヒット)

 原子力発電が揺らいで再生可能エネルギーが注目を浴びています。その場合、水力発電、太陽光発電、地熱発電、バイオマス発電などがありますが、世界的に見て急速に普及が進んでいるのが風力発電と言われています。それは発電量が大きくて設置費用が安いからです。
 日本には1800基の風車が立っているものの、その合計出力は約230万キロワットであり、世界の1%しかありません。国別風力発電の累積導入量で比較すると、2010年で第1位は中国、第2位が米国、第3位がドイツといった状況です。
  風力発電の風車は、条件がよければ風の運動エネルギーの30~40%を電気エネルギーに変換できるので効率が高いといわれています。現在設置されている風 車の多くは、大型化が可能なプロペラ型水平軸風車になっています。大型風車になるとその直径は50~70mにもなります。もちろん他に垂直軸タイプもあり ますが、一般に小型風車になります。
 しかし風力発電は、騒音の問題が発生していますし、まだまだ火力発電に比べて発電単価は高くなっているのが現状です。また強力な風を受ける地理的条件が求められます。


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