佐藤光雄(技術士:機械、宮城県)
 2014/01/20 (480 ヒット)

 スマホを取り巻く携帯電話の市場では厳しい競争が繰り広げられています。
 そもそもNTTが携帯電話の取り扱いを始めたのは1987年で、1992年にNTTドコモがNTTから独立します。
  1994年になって携帯電話がレンタル方式から売り切り方式になり、急激に市場が拡大を始めました。1999年にはiモードなどのインターネット接続サー ビスが始まり、携帯電話にはいろいろな機能が搭載されるようになります。2000年にKDDIが発足し、2006年にはボーダフォンを買収してソフトバン クモバイルが誕生します。
 2008年にソフトバンクがアップルのiPhoneを発売してからスマートフォン端末が使われるようになり、携帯がどんどんスマホに代わっていきました。
 2012年の携帯電話国内シェアでは、1位アップル25.5%、2位富士通14.4%、3位シャープ14%、4位ソニー9.8%、5位サムスン7.2%となっています。携帯の世界市場ではアップルとサムスンが競っています。
 米マイクロソフトがノキアを買収して本格参入することになりました。ノキアは2007年に全世界シェア38%を誇りましたがその後はどんどんシェアダウンしました。
 また最新ニュースではNTTドコモがアップルのスマホ端末を扱うことになり、本当に変化が激しい業界です。ちなみに2012年ドコモのシェアは約47%。


 2013/12/09 (621 ヒット)

 日本では狭い国土に多くの原子力発電所を建設して原子力発電に力を入れた結果、一時は総発電量の30%を超えました。一方、日本の地熱資源量は米国、インドネシアに次ぐ世界第3位でありながら、地熱発電は全体の0.3%という状態です。
  しかし福島の原子力発電所事故以後、再生可能エネルギーの活用が言われるようになりました。その一つに地熱発電があります。世界の地熱発電量を見ると、1 位アメリカ、2位フィリピン、3位インドネシア、4位メキシコ、5位イタリアと続き、日本は8位です。そして米国とフィリピンだけで全体の47%を占めま す。
 天然の蒸気を使って世界で初めて地熱発電が行われたのは、1904年イタリアでした。1956年ニュージーランドに世界最初の熱水型地熱発電所が作られました。1960年にはアメリカ西海岸にも地熱発電所が建設されます。
 日本で最初の地熱発電所建設は、1966年岩手県の松川地熱発電所で、これは蒸気型地熱発電です。1967年には大分県でわが国最初の熱水型地熱発電所が稼動しました。
 ところが日本の地熱発電推進上では、大きな3つの課題があります。
 (1)建設の費用と期間の問題。ボーリングを含めた建設費が高いことに加えて、環境調査などを含めて計画から発電まで10~15年もかかります。
 (2)資源の多くが国立公園内にあり開発が制限されることがあります。
 (3)地元の温泉業者の反対が大きいことです。


 2013/12/06 (622 ヒット)

 歩数計はウォーキングには欠かせません。
 日本初のウォーキング用歩数計は、1965年に山佐時計計器が発売した「万歩メーター」です。価格は2200円と当時にしては高価でした。
 これは山佐時計計器社長の加藤二郎が東京クリニック院長の大矢から、ウオーキングによる健康法を進める上から歩数計を熱望されたことで、開発に着手したものでした。
 初期万歩計の主な部品は「振り子」と「バネ」と「歯車」で、振り子の往復運動で歯車を回し、針で文字盤に歩数を表示するアナログ機械式のものでした。もちろん電池は不要です。ちなみに「万歩計」は山佐時計計器の登録商標です。
 次に1987年、振り子の先につけた磁石で磁力スイッチを動かしてカウントし、デジタル表示が可能な電子式デジタル万歩計が生まれました。歯車や針は消えましたが、まだ振り子は残されました。
 次に登場したのが加速度センサー内蔵機種であり、現在の製品はこの方式が多いようです。加速度センサー方式は、1996年にオムロンヘルスケアが最初に発売しました。
 加速度センサー方式では、振り子の代わりに歪に応じて電気を生じる圧電素子を振動板に貼りつけ、加速度を電気信号の波に変換します。ポイントは、加速度の波形を歩行によるものかどうか判定するプログラムにあり、各社のノウハウが発揮されています。
 今では携帯電話等でも歩数計機能を有するものがあります。


 2013/12/04 (544 ヒット)

 植物の力はすごいと思うことの一つに「光合成」があります。
 植物や植物プランクトンは、二酸化炭素を吸収し酸素を出しますが日光を当てて水を与えるだけで大きく成長します。考えれば感動すべきすごいことです。
 これは植物が二酸化炭素と水から光合成によってデンプンを作り出すことができるからです。植物の細胞の中には50~100個の葉緑体があります。葉緑体の中にあるクロロフィルという色素が、光を吸収して興奮状態になり元に戻るときに電子を放出します。
  植物はこの大量の電子を使って水分子を分解します。その結果水分子は水素イオンと酸素分子になります。酸素はそのまま外部に放出されます。一方、水素イオ ンを使ってATP合成酵素というものの働きによって、植物は二酸化炭素から炭素原子を取り出してブドウ糖をそしてデンプンを作り出すのです。
 動 物はこの植物(デンプン)を食べて炭素を得ていますが、元をたどれば私たちの体をつくっている炭素は、植物が空気中から取り込んだ二酸化炭素なのです。動 物は酸素を取り入れて二酸化炭素を排出します。地球の炭素は光合成を介して循環をしているのです。これは「炭素循環」と呼ばれています。


 2013/10/22 (639 ヒット)

 国立国会図書館は1948年に開館しました。東京永田町にある国会図書館は地下1~8階が全て書庫になっており、東西130mの廊下に沿って書架が並んでいます。東京本館以外も含めて全書庫総数は3800万点以上になるそうです。
 これは「納本」と言う制度により、本、新聞、雑誌、音楽CDなどの発行者は納入の義務があり、それが国立国会図書館に集まることでどんどん増えていくからです。
 図書館の歴史では、紀元前3世紀頃に建てられた古代エジプトのアレキサンドリア図書館が世界最古といわれます。そして不特定多数に無料で図書を公開する公共図書館では、1848年設立のアメリカボストン公共図書館が最初とされます。
 日本において自治体が設置する公立図書館は、全国に3214館がありますが、人口10万人当たりの公立図書館数では、1位フィンランド、2位ドイツ、3位イタリア、4位英国などに遠く及ばず、5位フランスの半分しかありません。図書館利用者数も日本は多くありません。
 今年3月に滋賀県に誕生した武雄市図書館は、「ツタヤ」を全国展開する企業が市の指定を受けて運営しています。図書館では今後いろいろな新しい試みが始まっていくものと思われます。


 2013/10/18 (872 ヒット)

 「ヒッグス粒子」や「暗黒物質(ダークマター)」、こうした宇宙の謎に迫る最先端の観測を支えているのが、浜松市にある電子機器メーカー浜松ホトニクスです。
 浜松ホトニクスは、1953年の創業時から「光」に狙いを定めて技術を磨くことを「社是」にしてきました。創業者の堀内平八郎は、世界で初めてブラウン管テレビに文字を写し出してテレビの父と言われた高柳健次郎の門下生です。
  売上高の8割近くは光センサーが占めています。そして医療器具である陽電子放射断層撮影(PET)やコンピューター断層撮影(CT)用光センサーの世界 シェアは7~8割にもなります。売上高に対する営業利益比率は20%に迫ります。もうけの半分以上を研究開発費につぎ込んでいるそうです。
 国立天文台の「すばる望遠鏡」に搭載されたカメラでアンドロメダ銀河の全体画像が撮影公開されましたが、ここで活躍したのがカメラの目にあたる電荷結合素子CCDであり、これも浜松ホトニクスが作りました。カメラの画素数を8億7000万に高めたものです。
 また国際宇宙ステーションの観測装置における5種類の光センサーのうち3種類は浜松ホトニクス製だそうです。強みを持った企業といえます。


 2013/10/16 (739 ヒット)

 素数とは、2以上の整数のうち1と自分自身でしか割ることができない数のことです。
 素数の魅力の一つは、次の素数がいつ現れるか全く予想がつかない、つまり並び方に規則性が見えてこない、ことにあります。また素数には、素数の掛け算であらゆる整数を作ることができる、という性質もあります。
 素数については「双子素数」という面白い命題もあります。双子素数とは、「3と5」「5と7」「11と13」のように偶数を1個だけ挟んで隣り合う素数ペアのことです。この双子素数が無限に存在するかどうかという命題です。
 素数自体が無限にあることは、古代ギリシャ時代にすでにわかっていました。大きな数の双子素数の例では、「9857と9859」「9929と9931」などがあり、見つかっている最大の双子素数としては20万桁のものがあります。
 素数を使ったRSA暗号という方式がインターネットにおける暗号として使われています。これは「巨大な数の約数を発見することは非常に難しい」ということを利用しています。
  RSA暗号は、暗号化のルールや送信された数字を知られても、それだけから暗号を解読することはほぼ不可能であるという方式です。例えばウェブサイトが利 用者に「公開鍵」と呼ばれる大きな数字を送り、利用者は計算によって自分のクレジットカード番号を暗号化し、ウェブサイトに送り返します。この暗号は、公 開鍵がAとB(これを秘密鍵と呼ぶ)の2つの素数の積であることを知っているものだけが解くことができます。
 ウェブサイトはこの秘密鍵を知っているのでクレジットカード番号を知ることができます。公開鍵だけを知っている他人がその約数を見つけ出すことは不可能に近いのです。
 今回は1分間で読めなかったかもしれません。


 2013/10/10 (574 ヒット)

 黒部ダムは1963年に完成しました。2013年は完成から50年になります。
 黒部ダムは堤高が186mと国内で最も高いダムであり、総貯水量は2億トンにもなります。多くの困難を克服して建設された画期的大事業でした。
 黒部ダム建設の命運を握ったのは、大量の資材や機械などを輸送するための輸送路である大町トンネルの開通でした。長野県大町市の坑口から北アルプスの横腹を富山県立山までぶち抜く、全長5.4キロの唯一の資材運搬用大動脈です。
 ところが昭和31年着工の翌年、大破砕帯に突き当たり毎秒660リットルという大量の水と土砂が吹き出して、工事は暗礁に乗り上げたのです。7ヶ月の苦闘の末にこれを突破した人々の戦いは、石原裕次郎と三船敏郎の映画「黒部の太陽」で有名になりました。
 昭和33年にようやく大町ルートが全通し、翌年堤体のコンクリート打設が始まり、36年に発電の一部営業運転を開始しました。そして昭和38年、7年の歳月と、513億円の工費と、延べ1000万人の人手と、171名の尊い犠牲を経て黒部ダムが完成しました。
 総工費513億円は関西電力の資本金の4倍という巨額の投資でした。戦後日本の復興のシンボルとなった巨大プロジェクトだったのです。


 2013/10/07 (708 ヒット)

 シャープはこの9月に創業100周年を迎えました。ラジオやテレビなど次々と国産第1号の電化製品を生み出してきた先駆者が、今は巨額の赤字と株価の急 落で苦しんでいます。シャープは1912年に創業者早川徳次氏が興した会社で、1915年にシャープペンシルを発明してこれが後の社名になりました。
  1925年に国産第1号の鉱石ラジオ発売、1953年に国内で初めてテレビ受像機を発売、1962年に国内で初めて電子レンジ発売、1973年に世界で初 めて液晶表示電卓を発売、1988年に世界で初めてTFTカラー液晶を開発、2000年に太陽電池生産量が世界一に、2004年亀山工場が液晶テレビ一貫 生産を開始といった輝かしい歴史を持っています。
 「目の付け所がシャープでしょ」のコマーシャルにあるように、独自の商品を生み出し続けてきま した。これも常に「新しく面白いものを作ろう」という風土があったからだと言われますが、本社の管理が強まって現場の自由な雰囲気が薄まり、革新的な製品 を生み出す素地が失われたと言われます。どこか心当たりがあるような?
 大型液晶パネル生産のための堺工場への4000億円という大型投資でつまづいたのが原因とも言われています。


 2013/10/02 (687 ヒット)

 ノートパソコンは日本が生んだ傑作であり、ノートパソコンでは日本企業が業界を先導してきました。1989年に東芝が発売したDynabook- J3100が世界で最初のノートパソコンとされています。実際にはセイコーエプソンのPC286Noteの方が発表は早かったのですが。東芝の後すぐに、 NECがPC9801Nで続き、1990年代にはIBMとアップルが参入しました。ノートパソコンという呼び名は、NECのPC9801(98ノート)か ら広がったそうです。
 それ以前にラップトップパソコンと呼ばれる膝置き型がありましたが、日本得意の軽薄短小化技術が持ち運び容易なA4サイズのパソコンを作り上げました。
 1985年に世界初のラップトップパソコンを発売したのも東芝です。Dynabookは発売後半年で12万台を出荷し、東芝のノートパソコンは発売以来累計1億台を達成したといいます。1991年にはNECが世界初のカラーノートパソコンを発売しました。
 現在の国内主要メーカーは、東芝、NECの他に、富士通、パナソニック、ソニーなどがありますが、世界的に見ればノートパソコンの多くが台湾の企業によって製造されているようです。
  ノートパソコンの三大開発拠点と呼ばれるのが、青梅(東芝青梅工場)と米沢(NECパーソナルプロダクツ米沢事業所)と大和(IBM大和研究所)だそうで す。ちなみにIBMはパソコン事業をレノボに売却しましたが、今もレノボのノートパソコン開発は大和研究所で行われています。


 2013/09/30 (603 ヒット)

 国内で自動車販売台数に占める軽の比率が高まっています。2012年8月は37%を占めました。値段が手ごろで自動車税も安く燃費が良いことなどが理由 です。トップシェアを握るのはダイハツですが、スズキが猛追しており3位にホンダが入っています。今や国内大手自動車メーカー8社が全て、軽自動車を投入 して品揃えしています。
 スズキのワゴンRは2011年まで8年連続で軽の車種別販売ランキングトップを独走してきました。しかし昨年9月にダイ ハツがハイブリッド車なみの低燃費を誇るミライースを発売し、ホンダは昨年末に室内空間の広さを追求したNBOXを発売して競争が過熱しています。 NBOXは4月にダイハツミラを抜いて車種別販売台数トップに躍り出て、5ヶ月連続で首位を独走中です。スズキはワゴンRを全面改良した新型車を発売しま した。これはアイドリングストップの機能を強化するとともに、減速時のエネルギーで発電して照明やオーディオの電源に充てるという新技術を搭載しました。 テレビで渡辺謙が宣伝していますね。


 2013/09/26 (556 ヒット)

 沖縄への配備が予定され反対運動が起きているのが垂直離着陸機オスプレイです。垂直離着陸機は、ヘリコプターのように滑走路無しで離陸でき、飛行機のように翼で速く飛べるという特徴があります。現在そのほとんどは軍用機です。
  垂直離着陸機の研究が始まったのは1950年代でした。ヘリのように垂直に飛び立つには、飛行機のように翼と滑空路で浮き上がるのに比べて8~15倍もの 力が必要です。そのため最初はジェットエンジン型の垂直離着陸機が開発されました。その代表が1960年代に登場した戦闘機「ハリアー」(イギリスで開 発)です。しかしこの方式では、離陸時に路面のアスファルトが溶けるとか燃費が極端に悪いという問題があります。そこでヘリコプターのようにゆっくりと ローターを回転させて上昇する方法を採用した機種が開発されました。その中でも翼はそのままでローターだけを回転させるティルトローター型がオスプレイで す。オスプレイは通称で、正式には「V-22」と呼ばれ米国で開発されました。
 オスプレーは浮上したら姿勢の乱れを修正しつつローターの向きを少しずつ前に傾けて推力を前向きへと変えることで翼による水平飛行に移ります。しかし完全にヘリでも飛行機でもないが故にいくつかの弱点を有しているのが現状です。


 2013/09/19 (759 ヒット)

 駅のホームにおける転落事故が起きることがあります。そこで乗客の安全確保上からここにホームドアの設置が少しずつ進められています。仙台市営地下鉄に も設置されています。現在ホームドアは10路線123駅、可動式ホーム柵は21路線195駅に設置されているそうです。なんといっても高額な投資が拡大の ブレーキになっているのが現状です。
 日本で最初にホームドアが採用されたのは、1981年神戸新交通ポートアイランド線です。自動列車運転装置 による無人運転のため、密閉式のホームドアが採用されました。その後1995年には「ゆりかもめ(東京臨海新交通)」でも、同様のホームドアが採用されて います。これは経験していますよね。
 ホームドアには「密閉式」と「半密閉式」と「可動式」があり、それぞれ投資額が異なります。そしてホームド アを設置した場合には、車両の定位置停車が条件になります。そのためにATOやTASCが使われることになります。前者は出発から停止まで自動化したもの で、後者は停車時のみの定位置停止制御をするものです。停止位置とその手前数箇所のポイントを電車が検出して自動的にブレーキ力を計算して制御するもので す。


 2013/09/14 (557 ヒット)

 最近「クリーンディーゼル」ということばを聞きますね。ガソリンエンジンは空気とガソリンの混合気を吸気バルブから吸入して圧縮したところにスパークプ ラグで火花を発生させて点火燃焼爆発させていますが、ディーゼルエンジンでは空気のみを吸入して圧縮した空気にインジェクタから燃料(軽油)を噴射して自 己着火させる方式です。
 元々ディーゼル車は「燃費はいいけど、うるさいし、環境によくないし、性能もよくない」と言われて、日本ではトラックの 出す黒煙のイメージなどからネガティブイメージが強かったのです。しかしヨーロッパではディーゼル乗用車が多数走っています。国内乗用車のディーゼル比率 は0.26%ですが、欧州15カ国平均では55.87%を占めているそうです。
 最近では環境対応性能の大きな向上が進み、また騒音低減等の技術 も進んだ結果で「クリーンディーゼル」が登場しました。NOx(窒素酸化物)やPM(粒子状物質)をほとんど出さないクリーンなディーゼルエンジン車の総 称です。現在日本で発売されているクリーンディーゼル乗用車は、6車種(ベンツ、日産、マツダ、三菱など)です。具体的事例では、マツダCX-5や日産エ クストレイル。
 ちなみにディーゼルエンジンは、1892年にドイツのルドルフ・ディーゼルが発明しました。1936年に発売された世界初のディーゼル乗用車がメルセデスベンツ260Dです。


 2013/08/24 (427 ヒット)

 金属を磨いた鏡はエジプトで紀元前2600年のものが見つかっています。紀元前700年にはイラクで水晶を研磨してレンズが作られ、太陽熱を集めるのに 使われたと推測されています。ローマ帝国時代には、ガラス工芸史上最も画期的な技術革新である「吹きガラス技法」が発明されました。この技法は今でも使わ れています。
 14世紀になってイタリアで無色透明のガラス製造技術が開発され、光学機器の発明につながっていきます。無色透明で硬質で汚れがつ きにくく薬品にも犯されず耐熱性のあるガラスができたことで、各種ガラス製品や光学機器は大きな進歩を遂げることになります。ガラスを磨いてレンズが作ら れ最初はルーペや眼鏡が開発されました。
 1590年にオランダのヤンセン父子が顕微鏡を発明しました。顕微鏡によって1665年にイギリスの フックは細胞を発見し、1674年にオランダのレーウエンフックが微生物を発見し、1882年にコッホが結核菌やコレラ菌を発見し、1894年に北里柴三 郎がペスト菌を発見しました。
 1608年にはオランダのリッペルスハイによって望遠鏡が発明され、翌年ガリレオは望遠鏡を用いた天体観測によって地動説を確信しました。1668年にニュートンが反射望遠鏡を発明します。1839年にフランスのダゲールが銀塩カメラの写真技術を発明しました。
 ちなみに「ほうろう」は金属の表面にガラス質の膜を形成したものです。


 2013/08/19 (514 ヒット)

 文房具のひとつで数本100円という低価格でも売られているボールペンですが、実は精密機械なのです。先端には金属又はセラミックの微小ボールがはめこ まれており、このボールが回転することでインクがペン先に送られて線を描くことができるのですが、先端加工には高度な技術が求められます。
 ボールペンは重力を利用しているので先端を上に向けて筆記することができないのを知っていましたか?歴史的には1940年にハンガリーのジャーナリストが、世界で初めて実用的なボールペンを開発したとされています。つまり70年ほどの歴史しかありません。
  国内ボールペンのシェアでは1位がパイロット、2位が三菱であるようです。ボールの直径は一般には0.7mmですが、0.18~1.6mmまで各種があり ます。ペン先にボールを入れてから穴の口を内側にすぼめてボールを閉じ込めますが、そのスキマは0.01mmです。油性ボールペン、水性ボールペン、ゲル インクボールペンの3種があります。ゲルタイプは水性インクにゲル化剤を加えることで、通常は粘度が高く筆記時に低粘度になる特性を与えて、濃くクリアな 文字を軽い筆圧で書けるようになっています。


 2013/08/05 (416 ヒット)

 東日本大震災で停電や電力供給の課題が見えてきて蓄電器が話題になっています。夜間電力を蓄電器にためておき必要に応じて使うというものです。コマーシャルでは、電気自動車にためた電力を家庭で使えるようにする取り組みが示されています。
  日産自動車は電気自動車にためた電力を家庭で使うための装置(EVパワーステーション)を発売します。自動車がフル充電状態なら一般家庭の2日分の電力を まかなえるそうです。家庭から自動車への充電も可能です。三菱自動車も電気自動車アイミーブなどの電力を、電気ポットや炊飯器などの電源に使えるようにす る装置(価格15万円)を発売しました。今後各社とも自動車を「走る蓄電池」とすることをめざしていくと思われます。家庭で充電できるプラグインハイブ リッド車を発売したトヨタも、自動車と家庭とで電力をやりとりできることをめざしています。プラグインハイブリッド車はエンジンを併用するのでガソリンが あれば発電も可能になり、満タンのガソリンなら一般家庭使用電力の4日分をまかなえるといいます。


 2013/08/01 (422 ヒット)

 再生可能エネルギー源として有力視されているのが風力発電です。水力発電を除けば世界総計の首位にあるのが風力発電なのです。2010年には太陽光発電 が4000万kwですが、風力発電は約2億万kwです。2010年以降、世界一の風力発電国になったのが中国です。2位アメリカ、3位ドイツと続き日本は 12位。中国とアメリカで全世界の40%強を占め、残りはヨーロッパが過半数を占めています。日本の中でエネルギー源に占める風力発電の比率は0.37% にすぎません。日本における風力発電設備能力1位は青森県、2位が北海道です。日本の設置数は1814基。
 風力発電の原理は風力によってブレー ドを回転させその回転運動エネルギーで発電機を回すもので、その効率は20~40%と言われます。風車は毎秒2~3mほどの風で回転を始め、最適風速(約 25m/秒)以上になったら羽根の角度を変えて風を逃がす仕組みになっています。水平軸型と垂直軸型がありますが、後者は大型化が難しいという欠点がある ため現在は多くが水平軸型です。風力発電の課題としては
(1)エネルギー源が不安定
(2)騒音が発生する
(3)設置地域が限定される
(4)鳥の衝突事故がある、などです。


 2013/07/29 (497 ヒット)

 NTTドコモは営業開始から20周年を迎えた。ドコモは今ではNTTグループの稼ぎ頭になったが、そのスタート時は苦しいものだった。NTTの前身であ る日本電信電話が移動通信事業として自動車電話サービスを開始したのは1979年である。1985年に電電公社が民営化してNTTが発足した。1991年 には携帯電話movaを発売したが移動通信事業は不振が続いていた。この当時移動通信の将来性への評価は非常に低かった。まさか、電話は1人1台という時 代が来るとは想定されていなかったのである。
 政府や郵政省などから地域分割を求められたNTTは、その代わりに不振が続く移動通信事業部門を分割することを決定して、1992年にNTTから独立したドコモが誕生した。
 1994年に携帯電話の買い上げ性が導入され、1999年にはiモードサービスが開始され、やがてスマートフォンが登場して時代は変化し、1人1台のモバイル時代が到来した。
 こうして携帯電話は不可欠のものになった。
 NTTドコモの初代社長大星氏は立ち上げ当時、赤字部門ではあるが移動通信事業には将来性があることを信じて、会社を変革していったという。そして大星氏は「社長には、社員とその家族のために命をかける責務がある(選ばれし者の責務)」と宣言したのである。


 2013/07/26 (462 ヒット)

 私たちの社員証も含めてICカードは、金融、交通、通信、公共などいろいろな場面で広く使われるようになっています。つい最近まではテレホンカードなど磁気カードしかなかったのが、一気にICカードになりました。
  ICカードとは集積回路からなるICチップが組み込まれたカードのことで、接触型と非接触型とがあります。その特徴は高いセキュリティー機能にあり、これ はICチップが記憶機能以外に演算機能をも有していることによります。特に非接触型は内部にアンテナを有しており財布に入れたままでも仕える便利さが高く 評価されて拡大しています。ICカードは電源を持っていませんが、リーダー/ライター装置に近づけると電磁波によってエネルギーが供給され、アンテナを介 してデータのやり取りが可能になります。
 1990年代にソニーが「FeliCa」を開発し、1997年に香港の地下鉄乗車券として実用化され て、その効果が確認されました。そして2001年にJR東日本がSuicaに「FeliCa」を採用して急速に非接触型が一般化します。「FeliCa」 は国内非接触カードのデファクト標準になっています。2010年のデータでは、クレジットカード4600万枚、IC運転免許証2250万枚、ETCカード 1900万枚、キャッシュカード1650万枚など多くのICカードが発行されました。


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